こんな雨の中で、立ち止まったまま君は
カウンターの前に立つと、斉藤さんは俺を一瞥してからすぐに台帳に目を落とした。
いつものように眼鏡は小鼻あたりまでずり下がっていた。
「これ、お願いします」
それ以上俺に興味がなさそうな斉藤さんではなく、
うつむく小川さんの横顔に声をかけた。
PC画面ではなく、
彼女は灰色の机の上に広げたハードカバーの本と向かい合っているところだった。
夢中になっていたのだろうか、
俺の声にはっとした小川さんは、慌ててこちらを振り向いた。
「あ、すみません」
何故だか俺のほうが先に謝ってしまった。
夢中で本を読んでいるときに声を掛けられるわずらわしさは、良く知っている。
「あ、すみません」
同じ言葉を発した小川さんが立ち上がる。
俺の目線の先に、ちょうど小川さんの頭頂部がある。
華奢な印象だからそうとは気づきにくいけれど、
女性としては長身なほうだろう。
「少々お待ちください」
落ち着いた、無駄のないアルト。
小川さんは俺がカウンターに置いた本と利用者カードを受け取ると、
いつものようにPC画面と向き合った。
カバーに印刷されたバーコードの下に貼り付けてある図書館用のバーコードに赤外線を送る姿は手際がいい。
クリーム色のカーディガンの下のブラウスは、
よく見ればそうだとわかるくらいの、淡く薄っすらと色づいたブルーだった。
彼女の細い首をかばうようにして立つブラウスの襟の、
儚すぎるブルーをぼんやり眺めながら少しだけ待った。
「二週間以内の返却になりますね」
再び立ち上がった彼女がそう言って軽く俺を見上げる。
整った顔は、微かに笑顔だ。
俺は一瞬だけ目を合わせてから、
「はい」
とだけ小さく呟いて本を受け取った。
彼女の手首には、銀色の細い時計が揺れていた。