こんな雨の中で、立ち止まったまま君は
PM11:30
「藤本さん、藤本さん」
レジで湯気ばかりを見ていた俺に、
雑誌コーナーから田中が呼びかけた。
「なんだよ」
「ちょっとこれ見てくださいよ」
興奮気味の田中の傍に行くと、
田中は持っていた雑誌を俺の顔の近くまで持ち上げた。
「何なんだよ」
仰け反った俺の顔に、田中はますます雑誌を近づけた。
「それじゃ見えねーって」
「これ、この子可愛くないっすか?」
「あ? どれ?」
一歩下がってページに目を落とす。
売り出し中のアイドルだろうか。
見開きページには顔の区別のつかない女たちが10人ほど並んでいて、
カラフルな水着に身を包み、思い思いのポーズをとっていた。
「これ、この子」
田中の指先には、
童顔で大きな胸をした、全体的にふっくらとしたアイドルがいて、
いかにも…な笑顔でこちらを見ている。
「ふーん」
「ふーん、って。良くないっすか? この子」
「良くわかんねぇな」
「えーーー、この子絶対いいっすよ。売れる売れる」
「売れるといいな」
言いながら俺は目の前の週刊誌を手に取った。
ぱらぱらとページをめくる。
大袈裟な見出しばかりが目に飛び込んできて、どの記事も読む気にはならなかった。
「藤本さんって、ほんとクールっすね」
呆れたような、感心したような口調でマジマジと俺を見ながら言った田中は、
それ以上アイドル話が盛り上がらないことを悟ったのか、
開いていたページを閉じてファッション誌に手を伸ばした。
その手を何気なく目で追っていた時だった。
田中の手が雑誌をつかむ直前、
視界の片隅に、その人が映った。
「あ…」
田中の手の向こう、
窓越しの、さらに雨に滲んで見にくい夜の向こう、
歩道橋の上には、
いつもの女の人がいた。