こんな雨の中で、立ち止まったまま君は

 霧なのか、雨なのか。


 0時を過ぎた夜の空気は、すっぽりと街を飲み込むように煙り始めていた。


 自分の吐く息はそれでも、周りの白さよりも濃くて鮮明だった。

 
 スニーカーの足を必死で持ち上げて、歩道橋の階段を駆け上がる。


 
 
 早く早く早く早く早く




 もつれる足を無理矢理に前へ運ぶ。


 階段を上りきって橋の上にたどり着いた時、

 ようやく俺の足はぴたりと止まった。


 真っ直ぐに伸びる橋の上。

 煙る歩道の向こう。



 転がる傘に、

  ―――息をのんだ。



 その傍で、うずくまるように倒れた人。


 凍るような冷たさが、

 足元からじわじわと体を這い上がってきた。

 

 再び地面を蹴った俺は、

 ただ夢中で、倒れた細い体に手を伸ばした。


 抱き起こした彼女の体は綿のように軽く、

 まるで存在しないものを抱えているようだった。


 触れた肌は冷たくて、捨てられた子猫のように細かく震えている。


 そうしても意味が無いくらいにその体は濡れていたけれど、

 背負った彼女をかばうようにして拾い上げた傘を肩にのせた。


 重なった彼女から、僅かな体温が伝わってくる。


 駅の裏側にある病院へ向かって走る途中、

 いくつかの怪訝な顔とぶつかった。


 何も知らない酔った若い男が、白い空気に乾いた口笛を吹いた。


 俺はそんな現実の間をひたすらに走り抜けた。



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