こんな雨の中で、立ち止まったまま君は
「やばいな。あいつ、びっくりしてるだろうな」
急にいなくなった俺を心配してるだろう。
店長に連絡でも入れられてたら始末が悪い。
この後のことを考えて頭を掻いていると、
「藤本、さん」
ふいに名前を呼ばれた。
その声は横になった彼女の口から出てきたもので、
突然のことに驚いた俺が手を止めて静止していると、
「それ」
彼女は俺の胸を指差して微笑んだ。
「え? ああ、これ」
彼女は俺のネームプレートを読み上げただけだった。
どうして名前を知っているのだろうと焦った。
「仕事中だったんですか? 本当にすみません」
「あ、いえ。大丈夫です。近くですし」
大丈夫、じゃないだろう。
一人にしてしまった田中のことを考えると、また頭が痛くなってきた。
振込用紙の客が来ていたらどうしよう、
そんなことが頭に浮かび顔をしかめていると、
「あの」
何かを確かめるような表情になった彼女は
「もしかしたらよく図書館にいらっしゃる方ですか?」
「…え?」
図書館、と聞いて即座に見慣れた本棚の列が浮かんだ。
混乱して首をかしげていると、
「藤本さん、見た名前だなって。顔も。昨日も来館されましたよね?」
言った彼女はまた、小さな笑顔になった。