こんな雨の中で、立ち止まったまま君は

 夢を見た。

 あの歩道橋の上で、小川さんと俺は少し離れたところで立っていた。


 何故か橋の上だけ雨が降っていて、

 下を歩く人達は皆何くわぬ顔で乾いたアスファルトの上を歩いている。


 誰もこちらを見ない。見ようともしない。

 それどころか歩道橋なんて始めからないみたいに無関心だ。


 小川さんはあの傘をさして、

 いつものように手すりに身を寄せて、

 ただ前を見てじっとしている。


 俺はそんな小川さんを傘もささずに見ていた。

 時間に取り残されたような橋の上で、

 俺と小川さんは二人きりで雨に打たれていた。


 二人の間は5メートル以上開いている。

 話しかけるには少し遠い。


 中途半端な距離を縮めようと足を前に出そうとするのだが、

 俺の両足はまるで歩道に根付いているかのようにぴくりとも動かない。


 ならば声だけでもかけようと喉を動かしてみるのだが、

 吐き出されるのは白い息だけで、

 その息さえも雨に打たれてあっけなく消えてしまう。


 二人きり…というよりも、

 自分以外の存在に気づいているのはたぶん俺のほうだけで、

 小川さんは橋の上で一人きりだった。


 俺のことも、下にいる人達のことも、見ていない。


 たった一人で、

 雨を、

 何もないはずの空間を、

 黙って見つめていた。


 そこに居る、というよりもむしろ、

 俺はスクリーンに映る彼女を見ているような気持ちになっていた。


 一人きりの小川さんを、俺もまた一人で。

 全然違う場所から、声もかけれずに。


 そんな夢だった。




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