こんな雨の中で、立ち止まったまま君は
「今日は月曜で仕事は休みだったんですけど。用があって立ち寄ったんです、鍵を任されてるので。資料とか片付けてる時にそういえばって思い出して。藤本さんのこと」
すっかり冷めているコーヒーを啜り、テーブルの上に置きながら、
「図書カード登録してもらってるから……職権乱用、ですかね?」
ふふ、と笑った。
「病院で連絡先聞いておけば良かったなって。藤本さんが帰ってからそれに気づいて。お礼しなきゃと思って」
そこまで言った彼女は
「何だか…色々ごめんなさい」
また謝った。
そういうことか。
勝手に住所を調べられたことより、
小川さんがここにいる理由がはっきりしたことに気が抜けた。
俺は立ち上がって、二杯目のコーヒーを淹れた。
湯気が静かに立ち昇る。
玄関先には小川さんが持ってきた傘が立てかけてあった。
昨日の、あの傘だ。
降ることを予想して持ってきたんだろう。
この傘と彼女はいつもセットなのだと思いながら部屋に戻ると、
小川さんは小さくなって座っていた。
「でもよく分かりましたね、ここ」
「ちょっと迷いました。でもアパート名が書いてあったから。外に名前もあったし」
「そうですか」
「あの、すみません。急に」
「いえ、こちらこそわざわざ来てもらって…別に気にすることなかったんですよ」
そうだ。
別に小川さんが気にすることじゃない。
無意識のうちに走り出していたのは、俺のほうなのだから。
カップに口をつける小川さんの顔を見ながら、
彼女が思いのほか元気なことに何故だかとても安心した。