こんな雨の中で、立ち止まったまま君は
それから彼女はしばらくの時間俺の部屋にいた。
人見知りする俺だけれど、
彼女が比較的ゆっくりと物を話すので、
会話の隙間を埋めようとする努力も必要なかった。
同年代の女子の、キイキイと響くような声の調子もない。
何もない部屋には小川さんのアルトが淡々と流れて、
俺はそれに頷いて、思いついたことをぽつりと話して、
それだけで良かった。
会話が途切れると、小川さんは床に置きっぱなしになっている本を手に取った。
色褪せたブルーの表紙を撫でて、
「こういうの好きなんですか?」
「いえ、好きってわけじゃないんですけど。興味があるものは全部読んでしまっていて」
パラパラとページを捲る小川さんの手があるところで止まると、
彼女は吸い込まれるようにページに目を落としていった。
部屋にはまた沈黙が広がった。
けれど決して苦痛じゃない、心地よいと思うほどの静けさだ。
小川さんがページを捲る音が時々乾いた音を立てる。
温まった体とページの音と、微かな雨の匂い。
俺はいつしか眠ってしまったらしい。
気づくと彼女の姿はなかった。
床の上の長座布団に横たわっていた俺の上には毛布がかけられていた。
カップは流しに片付けられていて、
テーブルの上には「お大事に」と書かれたメモ用紙が乗っていた。
弱い筆圧の、綺麗な字だ。
眠ってしまっていた自分に驚いた。
それだけあの空間でリラックスしてしまったのか、
それとも体力の限界だったのか。
たぶん両方だろう。
足元はまだ少しふらついている。
外を見ると、黒い空に小さな星が見えた。
雨は上がっていた。
冬の風にのって、懐かしいような、寂しいような、嗅いだ記憶がある匂いが運ばれてくる。
玄関先には彼女の傘が忘れられていた。
傍にあるべき人が居ない傘は、暗がりの中でひっそりと頼りない。
手に取ると、
蒼い雨と、彼女の匂いがしたような気がした。