こんな雨の中で、立ち止まったまま君は
雨は確実に町を濡らしていく。
静かな道の上で、傘に落ちる雨の音だけを聞きながら、
俺と小川さんは途方に暮れたように歩いていた。
ダウンジャケットのポケットに突っ込んだ手を握り締めながら固くなっていた俺だったけれど、
こういう場合、普通なら男のほうが傘を持つのが当然なのだろうと気づいたのは坂道を下りきるころだった。
気が利かなくてすみません、そう言おうとポケットから手を出しかけたとき
「あの場所に立つのは…ただの自己満足だと思う」
彼女が口を開いた。
「え?」
「さっきの話。どうしてあそこに居るのかって」
「あ」
二人きりで閉じ込められた傘の下で緊張しすぎていた俺は、さっきまでの話を忘れていた。
こんなことで吹き飛んでしまうなんて、何て情けないヤツなんだと思いながらも彼女の声に耳を傾けると
「自分が生きてるってことを確認するためかな、それとも」
「…生きて」
「…罰するためかしら」
「え?」
傘を持つ手に力が込められている。
見おろすまつげは、まだ雨粒の光が見えそうなほどに伏せられていた。
「何が変わるわけでもないのに…何やってるんでしょうね」
他人事のように呟いた彼女は、それ以上言葉を続けることはなかった。
俺も、その先を聞く気持ちにはならなかった。
聞いてはいけないと思った。
いや、きちんと聞くべきだったのかもしれない。
責任を持ってちゃんと。自分で振ったこの話の続きを。
聞かないにしても、この時の彼女の言葉の意味を、少しでも早いうちに理解しておくべきだったのだ。