こんな雨の中で、立ち止まったまま君は

「藤本さん、今日は外ばっかり見てますね」

「え?」


 どうやら俺は、雑誌を並べ直すのに向かったはずの棚の前で、長い時間ぼうっとしていたらしい。

 手にしていた週刊誌の表紙は、手の平の熱で少し歪んでいた。


「大丈夫っすか? また風邪ひいたとか言わないでくださいよ」

「ああ、大丈夫だ」


 田中の声でわれに返るなんて、今日の俺の気分はどれだけ散漫なのだろう。


「最近晴れてたのに、また雨になっちゃいましたね」

「…そうだな」

「外、寒そうっすね」

「だな」


 朝から降り続けている雨は今も止みそうにない。

 零時を過ぎた歩道橋の上を歩く人は誰もおらず、

 小川さんの姿も、今夜はまだ、そこに無かった。


「ああ眠い」


 隣りに立ってあくびをする田中の身長は、俺よりも5センチ以上は低い。

 金髪に近いその頭を眺めて、

 小川さんとたいして変わらないな…と思っている自分に気づいた俺は、

 一度頭をふってから両手で頬を叩いた。


 どうしたのだろう、俺は。

 何を思っているのだろう。

 何を望んでいるのだろう。


 こんな雨の日に、小川さんが歩道橋にやってくることを願っているような自分に呆れてしまう。


 小川さんに会いたいのだろうか。

 それとも雨の中に立つ彼女の姿を見たいのだけなのか。


 分からない。



 1時を過ぎても、2時を回っても、

 結局その日、彼女は現れなかった。


 朝になっても、灰色の町並みは薄暗いままだ。

 雨の中を歩きながら、俺は彼女のことをずっと考えていた。

 
 アパートに戻って何かをしてみても、思うように手につかない。

 本でも読んでみようかと、ソファに深く腰かけた。

 けれど、集中できない頭の中に内容が入ってくるはずもなかった。


 本を閉じて背もたれに寄りかかる。


 雨の日なのに――――


 彼女が来なかったことが、無性に気になって仕方がなかった。





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