こんな雨の中で、立ち止まったまま君は

「はい、確かに」


 斉藤さんは、PC画面を見たまま呟いた。

 そのまま自分の席に戻ろうとしている背中に向かって


「あの、」


 声をかける。

 正確には、かけてしまった。


 椅子の背もたれに手をかけた斉藤さんが首をかしげて振り返った。

 なんですか? 表情がそう言っている。


「その、今日は…小川さんは…」


 斉藤さんから視線を反らしながらも俺の口は勝手に動いていた。


「小川?」

「はい」


 低い声に顔を上げると、斉藤さんはじっと俺を見ていた。


「風邪ひいたんですってよ」

「風邪、ですか」

「ええ、こじらせたとか言って」


 斉藤さんはますます俺の顔をじっと見ている。

 何か言いたげな表情だ。


「あの…いつからですか」

「休んだのは今日ですけど、少し前から体調は良くなかったみたいですね」

「そうですか」

「君、この前の人だよね」

「え?」


 話題が変わったことに戸惑っていると


「待ち合わせしてた人でしょう?」

「え、ああ、はい」

「小川に話を聞きましたよ」

「話?」

「あまり二人で話すこともないんですけどね。次の日、小川が珍しく私に話をしてきたんですよ、君と食事に行ったこととか、」

「え…」

「倒れたところを病院へ運んでくれた人なんだってことなんかもね。まあ、珍しく」

「そう、ですか」


 俺は何だか、他人事のような気持ちで斉藤さんの声を聞いていた。

 

< 93 / 280 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop