こんな雨の中で、立ち止まったまま君は

 二杯目の紅茶を飲み終えるころ、時計の針は6時を回っていた。


 もう帰ろうか。

 彼女の寝顔を見ながら、ただ座っているのも落ち着かない。


 寝ている彼女を起こさないようにそっと立ち上がり、流しに運んだカップを極力音を立てないように気を遣って洗った。


 部屋に戻る。

 小川さんは眠ってから一度も寝返りを打っていない。


 小さな肩が掛け布団から出ている。

 部屋の中は暖房が効いているけれど、体を冷やしてしまったら治るものも治らないだろう。


 傍にいって布団を掛け直してやりたい気持ちはあるのだけれど、

 その拍子に小川さんが目を覚ましたらどうしよう、などとどうでもいいことが頭に浮かんでしまって、

 やましいこともないはずなのに、俺はただ部屋の中央に突っ立ったまま途方に暮れていた。


 寝顔を見つめながらうだうだと考えていると、

 突然、呼び鈴が部屋に響いて俺の肩が上がった。


 身を固くして玄関の扉に振り向くと、再び音が鳴った。

 ベッドを振り返ってみても、小川さんに目を覚ます様子は見られない。


 部屋の明かりは点いているのだから、無視することはできないだろう。

 仕方なく俺は玄関に向かって、おそるおそる扉を開いた。


「あれ?」


 扉の向こうには、首をかしげた男性が立っていた。

 もちろん、知らない顔だ。


 きっちりとした黒のコートに身を包んだその男性は、

 こちら側にいるのが俺だったことに驚いた様子で、細めの目を見開いてしばらくそのまま首をかしげていた。


「あの、」


 どちら様ですか? と続けようとしたのだが、それを俺が聞くのも可笑しなものだろう。

 後の言葉を出せずに男性の顔を眺めていると、


「君は?」


 低い声で逆に尋ねられた。


「あ、えっと、小川さんの知り合いのものです」


 応えると、


「…そう。で、彼女は?」

「風邪で…寝てます」

「風邪?」

「はい」


 扉の外に立ったまま、男性は背伸びをするように俺の肩越しから部屋の中を覗きこんだ。



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