姉の身代わりに
「疲れたか?」
「あ、いえ……まだ、始まってもいませんから」
 はにかみながら返事をしつつも、リーゼルは彼と組んでいた腕にきゅっと力を入れる。
 オーガストはそんな彼女を気遣いつつ、視線を下に向けたようだが、リーゼルの視線も下を向いたままで、二人の視線は合わない。
 華やかな音楽が流れると、ブレンダン王太子とエリンが緊張した面持ちで腕を組んで現れた。
 国王の声と、それから湧き上がる歓声と。
 それをどこか冷めた目で、リーゼルは見つめていた。だからといって、自分があのブレンダンの婚約者になりたかったわけではない。
 ただ、ここではないどこかへ消えてしまいたかった。
 気になってオーガストを見上げると、彼は眩しそうにあの二人を眺めていた。どこか口元が綻んでいる。だが、彼の鈍色の視線の先にいたのは、エリンだった。
 ――オーガスト様は、お姉様のことが好きなのよね。
 どちらの婚約者もマキオン公爵家の娘であれば問題ないと言われていたようだが、おそらくこのオーガストにとって、マキオン公爵家の娘というのはエリンのことだったのだろう。
 ――お姉様の代わりで、ごめんなさい。
 リーゼルがまた下を向き、ドレスの裾をきゅっと掴む。
 そして、彼と組んでいる腕にもきゅっと力が入る。
 何かを感じ取ったオーガストはリーゼルを見下ろすのだが、やはり彼女と視線が合うことはなかった。
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