姉の身代わりに
 それを家族に知られないようにと、リーゼルは必死で隠し通そうとした。
 だが、なぜか教科書を破かれてしまった事実をエリンに知られてしまったのだ。
 ある日、エリンが使っていたと思われる教科書が部屋の机の上に置いてあった。
「あなたに意地悪するのは私の特権ですもの。私以外にあなたをいじめるような人物がいることが許せないだけよ」
 エリンは高笑いしていた。
 その後、不思議なことにその教科書にいたずらをされることはなくなった。
 おそらく教科書に大きくエリンのサインが書いてあったからだろう。エリンが使っているときにはなかったそのサインが、教科書の表と裏に大きく書かれていた。嫌がらせではないか、と思えるくらいに両面に大きくいっぱいに。
 だけど、学院は勉強するところ。
 そう思っていたリーゼルは教科書さえ無事であれば、それはそれでいいと思っていた。
 そもそもこうやって学院に通い、勉強させてもらっていることに感謝をしなければならない。
 だからこそ学院に通っていた五年間、特にいい思い出という思い出はない。
 ただ、周囲からの嫌がらせに必死で耐え、勉強に励む日々。それもこれも父親が望む家へ嫁ぐため、と割り切りながら。
 大した家の出でもなかったリーゼルを引き取ってくれた父親には感謝しかなかったから、その恩を返したかった。
 だけど、恋をしたかったかと問われれば、恋と呼ばれるようなものをしたかったのかもしれない。
 いや、少しは恋心を持っていたのだ。その、オーガストという男に。
 きっかけは些細な事。本当に些細な事。

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