姉の身代わりに
 階段をおりていたときに、いつものように誰かに押された。
 階段は踊り場まであと三段。これくらいなら、怪我もしないだろうと相手も思ったにちがいない。
 それでも不安定な場所で背中を押されたら、踏ん張る先がないから落ちるしかない。
「大丈夫か?」
 踊り場の硬い床の上に落ちるはずだったその身体は、逞しい腕に抱かれていた。
 転びそうになったリーゼルを助けてくれたのだ。
「はい。ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」
「こういうときは、礼を言うべきなのではないか?」
 オーガストのその言葉に驚いて、思わずリーゼルは彼の顔を見上げた。鈍色の瞳が、優しく見下ろしている。
「俺は迷惑をかけられたとは思っていない。むしろ、君に怪我がなくてよかったと思っている」
「……助けてくださってありがとうございます」
 リーゼルが少し頬を薄紅色に染め上げると、オーガストは満足そうに微笑んだ。
「ちょっと、オーガスト。何やってるの。そんなどんくさい妹、放っておきなさい。次、教室移動よ。さっさと行く」
「すまない」
 エリンに呼ばれたオーガストは、彼女の背を追うように大股で歩いて去っていく。
 リーゼルにはその彼の背を見つめることしかできなかった。
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