母親代わりの不遇令嬢は、初恋の騎士団長から求婚される
「何も、今更白いドレスを着てデビューしろって言ってるわけじゃないよ。ただ社交界に顔を出すだけでいいんだ。僕がエスコートするから、王都で開かれる王太子殿下の婚約パーティーに出席しないかい?」
「あなた。何気にさらっと凄いこと言ってるけど、そのような立派なパーティー、招待状がなければ参加ができないでしょう」
「それが、あるんだよね」
 オトマルがひらひらと一枚の招待状を見せつけてきた。
「ちょっと、オトマル。何、そんなものを盗んできているの? 犯罪よ?」
「姉さん姉さん、何で僕が盗んだって決めつけるの? これは正式な招待状だよ。僕が王太子殿下の同級生だということを忘れたの? それに僕があの学院の生徒会長をやっていることを忘れたの?」
「ああ、そう言えばそうだったかもね」
 けして忘れていたわけではないのだが、今は酒造業のことで頭がいっぱいなエリーサは、大事な弟のことが頭の中からすっぽりと抜け落ちてしまっただけ。
 大事な弟のオトマル、学院で生徒会を任せられるほど、成績は良い。ただの子爵令息のくせに、生徒会長を務めるほど成績が良い。成績が良ければ、箔がつく。それがあの学院の特徴の一つでもある。
「だからさ、姉さん。姉さんも僕と一緒にパーティーに出席しようよ」
 今思い返せば、このときのオトマルは不敵な笑みを浮かべていたのだ。だが、それすら気づかないくらい、エリーサは酒造業のことで頭がいっぱいだった。
 このリンナ子爵領は人口一万人程度で酒造業によって成り立っている。
 この時期は、ちょうど山場のもろみ仕込みが終わったところ。やっと領民たちも、ほっと一息がつけるころ。もろみ仕込みが終わるまでは、昼夜問わず作業をする必要があるからだ。もちろんエリーサもそれを行っていた。
 オトマルからその話を聞いた日は、夜の仕事明けというのもあって頭がぼんやりとしていた。
 金色に輝くはずの髪もぼさぼさで、宝石のような翡翠色の瞳もどこかくすんで見えるような状態。
 だからそのぼんやりとした頭で「いいわよ」なんて答えてしまった。


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