母親代わりの不遇令嬢は、初恋の騎士団長から求婚される
 ただ、苦手で憧れの存在というだけで。
「そういう、そういうわけじゃないけど。慣れていないのよ、こういうことに」
 すでにエリーサの心臓はドクドクと通常の倍以上の速さで動いている。
「だったら、さっさと慣れてもらうしかないな。この手を取れ」
 渋々といった様子でエリーサはその手を取った。
 ブロルは「お預かりいたします」と丁寧に執事に頭を下げ、エリーサを外へと連れ出した。
 彼と二人きりの馬車の中は気まずい。わざと彼と離れて座ろうとしたら、隣に座るようにと促された。むしろ強引に座らせられた。
 もしかして、この心臓の音が聞こえてしまうのではないかと、エリーサは焦っていた。
「久しぶりだな、エリーサ」
「そうね……。あなたは王都で忙しそうにしているものね。おばさまがおっしゃっていたわ」
「君も相変わらず、あの小さな領で酒造に励んでいるようだな」
 小さな領、と言われカチンと頭にきたエリーサだが、できるだけ表情に出さないようにと心を落ち着かせる。ついでに、心臓も鎮まれ。
「知っているか? リンナ領の酒は、この王都でも人気が高い酒なんだ」
「え、そうなの?」
 思わずエリーサの顔がぱぁっと輝いた。それを見たブロルはつい、くつくつと笑っている。
「何よ、何がそんなに面白いの?」
「いや。君があまりにも変わってなさすぎて、安心した。本当に、あの領民と家族のことを本当に思っているんだな」
「当たり前よ。それに、来年は下の二人も学院に通い始めるし。あの子たちの卒業を見送るまでは、私はあそこで働くのよ。母さまがいないからって、充分な教育を与えることができないと思われたくないから」
「そうか……。それは、困ったな……」
 ブロルが何に困っているのか、エリーサにはさっぱりとわからなかった。

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