清くて正しい社内恋愛のすすめ
 宿泊するホテルにチェックインし、一旦部屋に荷物を置くと、ベッドに仰向けに倒れ込む。

 ビジネスホテルのシングルルームは手狭だが、一人で過ごすにはこれくらいの方が安心できる。

 きっと加賀見も、同じフロアのどこかの部屋にこもって、仕事をしているのだろう。


 穂乃莉は身体を起こすと、ドレッサーに置いてある椅子を窓際に移動させ、さっき買ったお土産が入っている袋を取り出した。

 お土産は、会社用に枇杷の実と果汁が入った一口ゼリーと、祖母と正岡のために枇杷ジュースを買った。


「それと……」

 穂乃莉は袋に手を入れると、ラッピング用のリボンがかけられた小さな透明の袋を取り出す。

 中に入っているのは、あの“さくら貝”が入ったバッグチャームだ。

 あの時、一度は棚に戻したものの、やはりどうしても気になって手に取ったのだ。


 この貝の意味を知ったら、加賀見には重荷になってしまうだろうか。

 穂乃莉はチャームを窓際に掲げると、さらさらと優しく揺する。

 “さくら貝”が砂やサンゴに触れて、乾いた音を立てた。


「ねぇ、加賀見……。この契約恋愛(こい)が終わっても、私のこと覚えていてくれる?」

 淡いピンク色は、穂乃莉の声と共に、日が傾き出した夕方の空に溶けていった。
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