清くて正しい社内恋愛のすすめ

果てしない怒り

 酷い目眩を感じ、穂乃莉はこめかみに手を当てた。

 体中が、かっかと燃えるように熱い。

 一気に体内に流れ込んだラム酒は、穂乃莉の姿勢をまっすぐに保てない程にぐらぐらとふらつかせる。


「少しきつかったですかな」

 顔を上げると、すぐ目の前で支配人の声が聞こえた。

 支配人は穂乃莉の足元に落ちた企画書を取り上げると、おもむろに穂乃莉の肩に手をかける。


「少し横になるといい」

 ぐっと身体を押され、抵抗しようとするが力が入らない。

 穂乃莉はそのまま、ソファのひじ掛けに頭を乗せるように倒れ込んだ。


 支配人はソファに膝をつくと、穂乃莉に覆いかぶさるように徐々に顔を寄せてくる。

「いやっ……やめてください」

 穂乃莉は支配人の身体を押しのけようともがくが、大きな身体はびくともしない。


「あなたはとても綺麗だ。一目見た時から、そう思っていましたよ」

 支配人はくすりと笑うと、穂乃莉の長い髪を手ですくい、香りを嗅ぐように自分の鼻先に寄せた。

「……いやっ」

 全身に悪寒が走り、大声で叫ぼうとするが、恐怖で身体が縮こまり思うように声が出ない。


「あなたの企画を通してあげましょう。まぁ、あなたの態度次第ですがね?」

 支配人はいやらしく口元を引き上げ、穂乃莉の目の前で企画書をチラつかせる。


 ――怖い……。


 穂乃莉は恐怖で全身がガタガタと震えていた。


 ――私は、なんて迂闊(うかつ)だったんだろう……。


 なぜ加賀見を待たずに、安易に支配人の言葉を信じてついて来てしまったのか。

 いくら今まで人の悪意にさらされたことがないからと言って、世間知らずにも程がある。


 ――加賀見……助けて……。加賀見……加賀見……!


 穂乃莉は心の中で、何度も加賀見の名前を叫んだ。
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