清くて正しい社内恋愛のすすめ
 穂乃莉はのそのそとベッドから降りると、まだ熱い身体を持て余したまま浴室に向かう。

 そして体温と同じく熱いシャワーを浴びながら、もう昨日の恐ろしかった感情は、すっかり心の中から消えてしまっている自分に気がついた。


「私も結構、現金だよね……」

 穂乃莉は小さく笑うと、シャワーをキュッと止める。

 髪の毛から滴る水音に耳をすませながら、頭の片隅に思い浮かぶのは企画のことだ。


 支配人とあんなことがあった以上、もう穂乃莉たちKRSトラベルは、二度と“東雲リゾートホテル”とは取引できないだろう。

 みんなで作り上げたプランを、国内ツアーの目玉商品として売り出す夢は叶わない。

 がっかりするみんなの顔を想像し、穂乃莉は途端に胸が苦しくなる。


 そしてもう一つ気になること……。

「加賀見、本当に東雲の本社に報告するのかな……」

 昨夜、加賀見はそう支配人に告げた。

 さらなる被害者を出さないためにも、今回のことは公にしておいた方が良いことは、穂乃莉も十分理解はしている。

 でも……。

 穂乃莉が被害に合いそうになったことを祖母が知れば、穂乃莉はすぐさま実家に連れ戻されるだろう。

「そうなったら、加賀見との恋愛も終わってしまう……」


 穂乃莉にとって今一番つらいのは、加賀見と一緒に過ごす時間が永遠に失われることだ。

「どうしたら、いいの……」

 穂乃莉は祈るように胸の前で両手を握り締めた。
< 158 / 445 >

この作品をシェア

pagetop