清くて正しい社内恋愛のすすめ
 それでも穂乃莉は、東雲の揺るぎのないまっすぐな瞳を思い出し、静かに口を開いた。


「祖母は、今回の件を知りません」

「え?」

「私が知らせないで欲しいと言ったんです。完全に自分勝手な、私のわがままです」

「それはなぜ?」

「私、この春にはトラベルを退職して、久留島に戻るんです。ここで仕事をした数年間は、私にとって宝物でした。だから最後の一日まで、ここでみんなと過ごしたかった……」

 東雲は不思議そうな顔をしている。

 穂乃莉は目線を逸らすと、エレベーターのランプを見上げた。


「祖母が支配人の件を知れば、心配した祖母に実家に連れ戻される。そう思って言わなかったんです……。ね? 完全に私のわがままですよね?」

 穂乃莉はおどけたように言うと、肩をすくませる。

「でも今日、東雲社長が謝罪に来てくださって、やっとあの出来事から解放された気がします。東雲リゾートホテルは、これからもっとお客様に求められる、素晴らしいホテルへと進化していくでしょう」

「久留島さん……」

 東雲は穂乃莉の横顔をじっと見つめている。


 さっきからこの視線に、なぜだか戸惑ってしまう。

 穂乃莉はわざと空気を変えるように、おどけた様子でガッツポーズをした。
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