清くて正しい社内恋愛のすすめ
 動き出した車の中で、東雲はふっと頬を緩めると、くくっと楽しそうに肩を揺らす。

 バックミラー越しに映ったその顔に、秘書の斎藤は目を丸くして驚くと、まじまじと覗き込んだ。


「珍しいですね。社長がそんな顔をされるなんて……」

「そうか?」

「えぇ、そうですよ。いつも難しい顔をされてます。謝罪に行かれたことが、よほど楽しかったんですね」

 斎藤の皮肉めいた口ぶりにも、東雲は小さく口元を引き上げると「まあね」と声を出した。


 斎藤は東雲が唯一、心を許せる部下だ。

 若くして父の跡を継ぎ社長になった東雲には、社内外問わず敵が多い。

 だからこそ、穂乃莉が仲間との時間を大切にしていると語ったことが、不思議でならなかったのだ。


 ふと窓の外に目をやると、目の前を早いスピードでネオンの光の筋がいくつも通り過ぎる。

 東雲はその光の中に、目を逸らせない程引き込まれた、穂乃莉の横顔を思い浮かべた。


「久留島穂乃莉か……」

 東雲は小さくつぶやくと、スマートフォンを取り出す。

 そしてアドレス帳をスクロールさせると、一件のメールアドレスを見つけ出した。

 東雲は慣れた手つきでメッセージを打ち込み、送信の画面をタップすると、再び思いふけるように窓の外に目をやった。
< 190 / 445 >

この作品をシェア

pagetop