清くて正しい社内恋愛のすすめ
 それは彼が生まれた時から、大企業の跡取りとして育てられたことの証でもあるのだろう。

 すると、穂乃莉の視線に気がついた東雲が顔を上げた。


「僕たちは似た境遇で育ったのに、あなたは幸せそうだ」

 穂乃莉は「え?」と聞き返すように声を出す。

 こんなに容姿にも才能にも、環境にも恵まれている東雲の言葉とは思えなかった。


「東雲さんは、幸せではないのですか?」

「どうでしょうね。人からは幸せだと思われています。でも……僕はまだ、本当の幸せを知らないのかもしれない」

 ふと寂しげな表情を見せる東雲に、穂乃莉は思わず目が逸らせなくなる。

 社長としてあんなにも堂々と人々の注目を集める東雲の、心の奥底にある苦しみが、ふと垣間見えた気がした。


「僕は親の愛情……特に母親の愛情を知りません。僕がまだ幼い頃に両親が離婚して、母は小さな弟だけを連れて家を出て行った。子供心に、僕は母に捨てられたのだと思いました。未だに他人に心を開けないのは、その影響かも知れません」

「そんなことが……」
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