清くて正しい社内恋愛のすすめ
「加賀見……陵……介……?」

 東雲は小さく加賀見の名前をつぶやくと、名刺に目線を落としたまま固まったように動かない。

 常に冷静沈着で、何事にも動じない東雲の雰囲気からは、想像できない顔つきだ。

 加賀見もそれに気がついたのか、東雲の様子を推し量るように見つめている。


「東雲社長……?」

 穂乃莉が小さい声を出し、東雲ははっと顔を上げた。

「いえ、失礼しました。では、始めましょうか?」

 そう言いながら席につく東雲の表情は、いつになく硬い。


 ――東雲さん、どうしたんだろう?


 穂乃莉はなんとなく気になりながら、東雲の様子をチラッと盗み見る。

 その後、加賀見がプラン説明をしている間も、東雲はじっと手元の資料に目線を落としていた。


「それでは今後とも、どうぞよろしくお願いいたします」

 無事に契約を進められることになり、説明を終えた穂乃莉と加賀見は会議室を後にした。

 部屋を出る時、穂乃莉は振り返ると東雲の顔を伺う。

 東雲のほほ笑んだ表情の中には、やるせない寂しさを含んだ瞳が、心もとなく揺れている気がした。
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