清くて正しい社内恋愛のすすめ
 加賀見と一緒に会社へと戻る帰り道、穂乃莉はぼんやりと東雲の顔を思い出す。

 明らかに打ち合わせの最初と最後で、東雲の感情に何かしらの変化があったのは確かだ。


 ――あれは、どういう顔つきだったんだろう。


 すると耳元で急に「おい!」と加賀見が声を出し、穂乃莉はビクッと飛び跳ねた。


「な、何?」

「さっきからずっと呼んでるんだけど」

「え……ごめん……。ちょっと考え事してた……」

 慌てる穂乃莉に、加賀見は少しだけイラついた息を吐く。

 自分が東雲のことを気にしたせいで、加賀見にこんな顔をさせてはいけない。

「ごめん……」

 穂乃莉は下を向くと、もう一度小さく声を出した。


 大通り沿いの店先では、バレンタインに向けた可愛らしい看板が、いくつも目につきだしている。


 ――もうそんな時期か……。


 ピンク色や赤色のハートのポップや飾りつけに、穂乃莉はチクリと心が痛くなった。


「……あのね、加賀見」

 穂乃莉が声を出したと同時に、「見たんだ」という加賀見の声が聞こえた。

「え?」

 穂乃莉が振り返ると、加賀見がいつになく苦しげな顔を見せる。

「休日出勤の日、穂乃莉が東雲社長と車で帰っていく姿を見たんだよ」

 穂乃莉ははっと息を止めると、加賀見を見上げた。
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