清くて正しい社内恋愛のすすめ
 穂乃莉はその温もりを離さないように、加賀見の長い指先をキュッと握り締めた。

 二人はお互いの瞳の奥をじっと見つめ合う。

 しばらくして、自動販売機のジーッという動作音が大きくなった時、穂乃莉はゆっくりと口を開いた。


「私は……私はね、加賀見……」


 ――この恋を終わらせたくない。


 穂乃莉がそう言おうとした時、突然ガタンと休憩スペースに大きな音が響き、穂乃莉と加賀見はビクッとすると慌てて入り口に目を向けた。

「いたたた……。あの、ごめんなさい」

 椅子にぶつかったのか、足元をさすりながら顔を上げたのは白戸だ。


「白戸さん……?」

 穂乃莉は瞬時に怪訝な顔をすると、目の前でてへへとほほ笑んでいる白戸を見た。

「お取込み中、申し訳ありません。加賀見さん宛に、受付に山上(やまがみ)旅館の方がお見えです。内線を入れたんですけど、席にはいらっしゃらなかったみたいなので」

「山上旅館……?」

 その名前を聞いた途端、加賀見の顔つきが変わる。

 山上旅館は、加賀見が入社した当時からの得意先の老舗旅館だ。

 相手が出向いているとなれば、何よりも優先した方が良いだろう。
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