清くて正しい社内恋愛のすすめ
「ふーん」

 背中で低い声が聞こえたと思った瞬間、加賀見の長い腕が穂乃莉を包み込んだ。

「ちょ、ちょっと……」

 抵抗する間もなく、穂乃莉の顎先は加賀見にもてあそばれるかのように上を向く。

「こういうシチュエーション、いかにも社内恋愛っぽいだろ?」

 今にも触れそうな距離で、加賀見の唇が動くのが見えた。

「ま、また、そうやってからかう……」

 顔を真っ赤にした穂乃莉が、加賀見を押しのけようとした時、突然入り口の扉が大きな音を立てて鳴りだした。

 ピーピーという音は、室内だけでなく廊下にまで響き渡っている。

 どうも穂乃莉が資料室に入った後、扉をきちんと閉めていなかったようだ。


「おい……」

「へ?」

「こういう時、半ドアにする奴がどこにいるんだよ!」

 加賀見は大きくため息をつくと、腰に手を当てながら頬をむっと膨らませる。

 確かに、加賀見の立腹はもっともだ。

 でも穂乃莉は、フロアでは決して見せないふてくされた素の加賀見の顔に、次第に嬉しさが込み上げてくる。


 ――加賀見ってこういう顔するんだ……。
< 26 / 445 >

この作品をシェア

pagetop