清くて正しい社内恋愛のすすめ
「えーと……。知らないっ!」

 穂乃莉は吹き出しそうになりながら、弾んだ声を出すと、加賀見の脇をするりとすり抜けた。

 扉に向かって走りながら、思わず笑い声が漏れてしまう。


「おい……逃がすか!」

 加賀見も少年のようにそう言うと、楽しそうに笑い声を立てた。


 ――なんか、こういうのもいいかも……?


 “三ヶ月だけの社内恋愛”なんて、加賀見が何を考えているのか、結局わからない。

 からかわれるように、流されているだけなのかも知れない。

 それでも今の穂乃莉の心は、これから何かがはじまる前のような、ドキドキとワクワクが膨れ上がっていた。


 まもなく扉の前で追いついた加賀見は、取手にかけた穂乃莉の右手に自分の手を重ねる。

「じゃあ、契約は成立ってことで」

 加賀見の悪戯っぽい笑顔が目の前で揺れた。

「……了解」

 少しためらったのち、穂乃莉もくすりと肩を揺らす。

 これからの始まりを告げるかのように、扉は重い音を響かせてゆっくりと閉じられた。
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