清くて正しい社内恋愛のすすめ
 嘉代の頭に東雲の顔が浮かぶ。

 東雲はその点、相手として申し分ない人物だ。

 若くして東雲グループを率いる経営手腕には、目を見張るものがある。

 もし二人が一緒になれば、巨大グループ企業の統合もあり得る……。


「でも……」

 嘉代はふと、穂乃莉との電話を思い出していた。

 誰もが一目で惹かれる東雲との食事の後でさえも、穂乃莉は気もそぞろだった。


 その時、嘉代は確信したのだ。

 今、穂乃莉は誰かに恋をしている。

 それは祖母である嘉代の勘だが自信はある。


 穂乃莉には「先に進む前に相談するように」ときつく言ったが、相手によっては考えなくもない。

 結婚相手選びは慎重になるが、でもどこかで本人の気持ちは尊重してやりたいと思っているからだ。


「東雲社長との話は、難しいわね。会社同士のリスクもありすぎるわ」

 嘉代は再び老眼鏡をかけると、仕事をするため書類に手を伸ばした。


 その時、ドタドタという大きな足音が複数聞こえたかと思ったら、大きく扉が開かれる。

 正岡の制止も振り切り、ノックもなしに怖い顔つきで飛び込んできたのは、ここら辺一帯の旅館の経営者たちだった。
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