清くて正しい社内恋愛のすすめ
「今は安静になさっています。命には別状ありませんので、それはご安心ください。ただ少々困った事態が起きていまして、その件ですぐお嬢様にお戻りいただきたいのです」

「困った事態……?」

「詳しくはこちらに戻られてからお話します。とにかく、できるだけ早くにお戻りを」

 正岡は緊迫した様子でそう言うと、穂乃莉の「わかった」という返事を聞く間もなく電話を切った。


 穂乃莉は通話の切れた受話器を握り締めたまま、しばらく呆然と(くう)を見つめる。

 今までに一度だって、あんなに緊張した正岡の声を聞いたことはない。

 祖母が倒れた上に、困った事態とは……。

 本店で何が起きたのだろう。


「久留島社長が倒れたって本当か!?」

 動揺したまま動けなくなっていた穂乃莉は、加賀見に声をかけられてはっと我に返る。

「今すぐ……実家に戻って欲しいって……。どうしよう……」

 穂乃莉はそう言いながらも次第に不安になり、指先がかすかに震え出した。

 悪い想像ばかりが浮かんできては、頭の中を占領する。


「穂乃莉、荷物の準備をしろ。俺が新幹線の駅まで送ってやるから」

 加賀見が立ち上がりながら、鋭い声を出した。
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