清くて正しい社内恋愛のすすめ
 加賀見は手早くジャケットを羽織ると、相田を振り返り「課長、社用車借ります」と声をかける。

「わかった。気をつけて行って来いよ」

 相田の声を聞きながら、穂乃莉は震える手で荷物を手繰り寄せようとする。

 するとすぐに加賀見がこちら側に回って来て、穂乃莉の荷物と手をギュッと掴んだ。


「大丈夫だ。行けるか?」

 加賀見に顔を覗き込まれて、穂乃莉はこくんとうなずく。

 そのまま手を引かれながら、駆け足でフロアをぬけた。


 エレベーターで駐車場まで降り、二人で社用車に乗り込む。

 昼過ぎの大通りは、比較的空いていた。

 これならスムーズに駅まで到着できるだろう。

 今からすぐ新幹線に飛び乗れば、夕方過ぎには本店に着くはずだ。


 穂乃莉は加賀見の運転する車の助手席で、じっと手元を見つめながら、正岡の話を脳内で繰り返す。

 正岡は祖母の命には別状はないと言っていた。

 それでもあのハツラツとした祖母が倒れたという言葉に、ひどくショックを受けている自分がいる。

「おばあさまに、何かあったらどうしよう……」

 穂乃莉はうつむくと、再び震えてくる両手を握り締めた。

 状況が何もわからない今、心は不安でたまらずに叫び出しそうだ。
< 277 / 445 >

この作品をシェア

pagetop