清くて正しい社内恋愛のすすめ
 嘉代がそこまで言うと、それを遮るように経営者の一人が「しらじらしい!」と言い放った。

 経営者たちは顔を見合わせると、机の上に温泉街の地図を広げる。


 嘉代が覗き込むと、そこには赤く塗りつぶされた箇所がいくつもあった。

 それは、今は廃業した旅館を中心に、経営難が続いている旅館も複数含まれ、この温泉街をぐるりと取り囲むように塗りつぶされている。


「これは!?」

「あんたら久留島不動産が、買った土地に決まってるだろう」

「え……?」

「ここら辺一帯全部、久留島不動産が買い漁っとるじゃないか」

「膨大な金を吹っかけてるって専らの噂だよ」

「うちなんて両隣買われたんじゃ……。しかも巨大なスパ施設を作るだなんて! この地域の景観もなんもあったもんじゃない……」

「スパ……施設……?」

 経営者たちの言葉は、理解が追い付く前に頭の中をぐるぐると巡る。

 そして嘉代は、ただ目の前が真っ白になり、気がついた時には全身の力が抜けていた。


「社長! 嘉代様!」

 どこか遠くで正岡の声が聞こえた気がしていたが、それも定かではなかった。
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