清くて正しい社内恋愛のすすめ
「そんな!」

 穂乃莉は思わず叫び声を上げる。

 正岡の話はにわかには信じられるものではなかった。

 温泉街の土地を買い集め、巨大なスパ施設を建設予定?

 情緒あふれるこの温泉街を、誰よりも大切に思っている祖母が、そんな事を許すはずがない。

 どう考えても、久留島不動産が独断で動いている。


 ――でも、どうして……?


 穂乃莉が顔を上げた時、ベッドの上で祖母がゆっくりと身体を起こすのが目に入る。


「忠則を呼びなさい」

 祖母の厳しい声が響き、穂乃莉は慌ててベッドサイドに駆け寄った。

「おばあさま!」

 穂乃莉の顔を見ると祖母は力なくほほ笑む。

「穂乃莉、心配させてごめんなさいね。急に呼び出されて驚いたでしょう?」

 穂乃莉の頬に優しく触れる祖母に、穂乃莉は何度も首を横に振る。


「この件は、きっと忠則が関わっているわ」

 穂乃莉の脳裏に忠則が前に言っていた「今にあっと言わせてやる」という言葉がよぎる。

「久留島不動産が土地を買い漁っているというのに、私には一切何の情報も入らなかった。随分とご丁寧に隠し通したものね。私も迂闊だったわ」

 祖母は重いため息をつくと、厳しい顔を上げる。


「正岡。すぐに忠則に連絡して頂戴」

「かしこまりました」

 正岡は深々と頭を下げると、静かに寝室を後にする。

 そしてその日の日付も変わるころ、青い顔をした忠則が本店に姿を現したのだ。
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