清くて正しい社内恋愛のすすめ
「そうでしょうか?」

 東雲はおもむろに穂乃莉に近づくと、ぐっと顔を寄せた。

「簡単な話だと思いますよ。穂乃莉さん、あなたが東雲に入ればいいだけです」

「……え?」

 穂乃莉は、東雲の言っていることの意味が理解できない。


 ――どういうこと……?


 戸惑いながら視線を泳がす穂乃莉を見て、祖母が怒りを滲ませた顔を東雲に向けた。


「つまり東雲社長は、開発を止めたかったら“穂乃莉と久留島グループを寄こせ”と。そうおっしゃるんですね?」

 祖母の衝撃的な言葉に、穂乃莉は息が詰まりそうになる。


 ――まさかそれって、私と東雲社長との結婚……?


 穂乃莉と久留島グループは、開発を止めるためのいわば人質……。


「寄こせという言い方は、適切ではありませんが……まぁ、そう思って頂いて構いません」

 東雲は肩をすくませると、小さく笑い声を立てた。

「もちろん、今すぐ決めろとは言いません。久留島社長の体調が戻られた頃、またお伺いいたします。ただし……今の計画はそのまま進めさせて頂きますので、返事が長引けば長引くほど、御社には不利益になることはご承知おきください」

 東雲はひどく冷たい視線を残すと、サッと身を翻し部屋を後にする。

 東雲が去った後、扉はバタンと残酷なほど大きい音を響かせて閉じられた。
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