清くて正しい社内恋愛のすすめ
 寝室に取り残された穂乃莉たちは、誰一人動けなかった。

 今目の前に突きつけられている状況に、頭はうまく対処できていない。


 それでも穂乃莉の脳裏をかすかによぎる、あの日の東雲のまっすぐな瞳。


 ――あの夜の東雲さんの瞳は、嘘じゃなかった……。


 穂乃莉はぐっと顔を上げると、東雲を追って部屋を飛び出した。

「穂乃莉……!」

 後ろから祖母の呼び止める声が聞こえた気がしたが、穂乃莉はそのまま扉をぬける。


 みんなが寝静まった本店の廊下を、東雲の姿を探しながら駆け足で通り過ぎた。

 すると東雲が、あの中庭を見ながら立ち止まっている姿を見つけた。

「東雲さん、待ってください!」

 穂乃莉が声を出すと、東雲は少し驚いたような顔で振り返る。

 穂乃莉は息をはぁはぁとつきながら、背の高い東雲の顔を見上げた。


「なぜ、こんなことをするんですか……?」

「なぜ? わかりませんか?」

 東雲は静かに穂乃莉を見つめている。

「穂乃莉さん、僕はただあなたを手に入れたいだけなんですよ。久留島不動産の話は、きっかけにすぎない」

「そんな! それでこんな大事を、引き起こしているんですか!? どれだけの人が巻き込まれていると……」

「そうですよ。おかしいでしょう? でも僕はあなたに惹かれて恋をしている。ただそれだけの男です」

「でも……東雲さんは、あの時……」
< 289 / 445 >

この作品をシェア

pagetop