清くて正しい社内恋愛のすすめ
 穂乃莉はもう一度ベッドに顔をうずめる。

 心の中はぐちゃぐちゃだ。

 なぜこんなにも、それぞれの感情が絡まり、(こじ)れてしまったのか。

 穂乃莉はただ加賀見のことを想い続けたかった。

 でもその想いを貫けば、どれだけの人を巻き込み傷つけてしまうのだろう。


 カチカチと壁にかかった趣のある時計が、時を刻む音が響く。

 時刻はもう夜明け間際だ。

 穂乃莉はのそのそと身体を起き上がらせると、自分のスマートフォンを取り出した。

 画面を表示させたが、加賀見からは何の連絡も入っていない。


 『お前のことは、俺が守ってやる』


 加賀見の言葉が心の中で響く。

 穂乃莉が望めば、加賀見は穂乃莉と一緒に久留島にとどまってくれるのだろうか。

 今の穂乃莉には自信がなかった。

 加賀見が契約恋愛のことを東雲に話したのだとしたら、それはもう加賀見の中で結論が出ているということ……。


「それに……私が東雲に入るのを拒めば、この温泉街も立ちいかなくなる」

 穂乃莉が久留島にとどまることを決めれば、当然東雲の開発は進むだろう。

 開発が進めば、久留島本店だけでなく、この温泉街の他の旅館にも影響が出る。

 経営が厳しくなって、廃業する旅館が多数出てくるのは、目に見えている。
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