清くて正しい社内恋愛のすすめ
「私……加賀見さんに、正々堂々とぶつかりましたから……」

 穂乃莉に向かって必死に絞り出した白戸の声は震えていた。

「そう……」

 穂乃莉は何も言葉が見つからず、ただ小さく相槌を打つ。

「意地張ってたけど、本当はわかってたんです。……あんなキス、見ちゃってたし」

「え? キスって?」

「バレンタインの日、フロアで……」

 穂乃莉は思わず叫び声にならない声を上げると、顔を真っ赤にしながらあの日の記憶を辿る。

 まさか白戸がフロアを覗いていたなんて、全く気がつかなかった。


「昨日、久留島さんに言われて初めて気がつきました。真正面からぶつかるのも、悪くないんだなって……」

「白戸さん……」

「私……次はもっといい恋をしますから!」

 白戸は「失礼します!」と、勢いよく頭を下げると、飛び出すようにエントランスを駆け抜けていく。

 穂乃莉は振り向きざまに見えた白戸の涙に、心がギュッと掴まれるように切なくなった。


 でも、きっとこれで白戸も前に進めるだろう。

 白戸の幸せを小さく祈った穂乃莉がふと顔を上げると、加賀見がいつもの穏やかな顔で前に立っていた。


「お待たせ。帰ろうか?」

 加賀見が手を差し出し、穂乃莉はこくんとうなずくと、その手をそっと握る。

「あの子、変わったな」

 二人で歩道をゆっくりと歩きながら、加賀見が声を出した。

 穂乃莉は「そうだね」と小さくほほ笑んだ。
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