清くて正しい社内恋愛のすすめ
 穂乃莉は目の前のテーブルに、所狭しと並ぶ料理に目をやる。

 会長は今日のためにわざわざ自ら市場へ足を運び、水揚げされたばかりの新鮮な魚介類を選んできてくれたそうだ。

 テーブルに並ぶ数々の料理は、穂乃莉も馴染みのあるこの地域の郷土料理もあり、会長や料理長が心を込めて準備してくれたのが伝わってくる。


「わしはのぉ、一時は久留島とは(たもと)を分かつと思っとったんじゃ」

 会長は深く息をつくと、再び自分のグラスにビールを注ぐ。

 穂乃莉はその様子を目で追いながら、祖母の元に組合の人たちが怒鳴り込んできた日の事が頭に浮かんだ。

「久留島はこの温泉街を、見捨てたと思い込んどった……」

 会長は少し遠い目をすると、小さくため息をつきながらグラスを傾けると、ビールを一気に喉に流し込む。


「でも全くの思い違いじゃったなぁ。あの兄ちゃんの話を聞いて、どれだけ久留島がこの温泉街を守ろうとしてたのか、逆に教えられたわい」

 会長は加賀見に顔を向けてそう言うと、ゴシゴシと目元を袖でこすりながら大きな音で鼻をすすった。

 穂乃莉は次第に瞳が潤んでくるのを感じながら、加賀見を見つめる。
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