清くて正しい社内恋愛のすすめ

親子

「女将、今日の団体のお客様の到着時刻についてですが……」

「組合の会長様から、次のツアープランのことで確認が入りまして……」

 穂乃莉は従業員に声をかけられながら、いつものパンツスーツ姿で、世話しなく本店の中を行き来する。


 穂乃莉が久留島本店の女将になって、一年が過ぎようとしていた。

 最近ではやっと女将業にも慣れてきたが、まだまだ手探りのことも多く、模索しながら進む毎日だ。

 子どもの頃から祖母がここで働くのを間近に見てきたが、やはり実際に旅館の運営に関わるとなると全く別の話だった。


 ――おばあさまって、本当にパワフルだったんだな……。


 穂乃莉がふと中庭に目を向けた時、フロントの従業員が小走りで近づいてくるのが見える。

「女将。専務からお電話です」

 穂乃莉は「ありがとう」と軽く手を上げると、電話に出るため執務室に戻った。


 穂乃莉がトラベルを退職してから三か月後、予定通り加賀見は久留島本社へと入社した。

 加賀見は入社してしばらくは、祖母につきっきりで仕事を学んでいたが、最近では加賀見一人で立ちまわることも多くなっており、その仕事ぶりから、そろそろ祖母の完全引退も近いと噂が飛ぶほどだ。
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