清くて正しい社内恋愛のすすめ
「もしもし、陵介?」

 穂乃莉は受話器を上げると、弾ませた声を出す。

「穂乃莉、今大丈夫か?」

 数日ぶりに聞く加賀見の低い声は、とても心地がいい。

 穂乃莉は「もちろん」と答えながら、デスクの椅子に深く腰を下ろした。


 本音を言えば、毎日でも加賀見の側にいて声を聞いていたい。

 それでも仕事が軌道に乗るまではと、二人はこの一年間、同居はしていない。

 「今更いいんじゃない?」と祖母は笑っていたが、穂乃莉は本店に、加賀見は駅前のマンションで生活している。


 でもその暮らしも今週末までだ。

 週末にはついに二人の結婚式が行われるのだ。


「さっき母さんから電話が入って、一本早い列車に乗れたらしいんだ。早めに駅まで行けるか?」

「ちょうど手も空いたところだから大丈夫!」

「悪い、じゃあ頼む」

「うん。任せて。また後で、現地でね」

 穂乃莉は受話器を下ろすと、すぐに出かける支度を整えた。

 今日は加賀見の両親が、結婚式に合わせて来日し、こちらまで来ることになっている。


 でも二人には、本店に両親を案内する前に、どうしても先に立ち寄りたい場所があった。

 最初そのことを穂乃莉が提案した時、加賀見は少し驚いたようだったが、賛成してくれたのだ。
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