清くて正しい社内恋愛のすすめ
「マスターが作るカクテルが強いのは知ってるだろう? なのにあんな一気飲みするから……」

「え? 見えてたの?」

 穂乃莉は思わず、加賀見の言葉を遮るように声を出す。

「当たり前だろ? やけ酒みたいに見えた」

「や、やけ酒って……」

 穂乃莉は小さくそうつぶやくと下を向いた。


 ――だって、しょうがないでしょう?


 穂乃莉の脳裏に、花音が話していた加賀見と白戸の噂話が浮かんでくる。

 穂乃莉は自分の膝を抱えるように腕を回すと、そっと顔をうずめた。


「ねぇ。あの子とも、キスしたって本当……?」

「あの子って?」

「受付の……白戸さん……」

 その名前を聞いた途端、加賀見の指がぴたりと止まる。

 加賀見は今どんな顔をしているんだろう。

 顔を上げるのが怖い。


 穂乃莉が身を固くしていると、加賀見の指先はそっと穂乃莉の髪の毛から離れていく。

 その指先を捕まえるように、穂乃莉は顔を上げた。

「誰から聞いたんだ?」

 一段と低い声でそう言った加賀見の顔は、少しだけ困っているように見える。
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