清くて正しい社内恋愛のすすめ
 加賀見が見せた嫉妬も、時折感じる独占欲も、きっと穂乃莉が退職するまでのことで、三ヶ月が終わってしまえば、この恋心も終わりになるのだろう。

 深く吐いた息とともに駅の改札をぬけた所で、穂乃莉は目の前に懐かしい後姿を見つけた。


正岡(まさおか)! ただいま」

 穂乃莉は大きな声を出すと、黒塗りの車の前に立つ小柄で白髪の男性の元へと駆け寄る。

 正岡は穂乃莉が幼い頃から世話係として久留島家に仕えている、祖母の秘書の男性だ。


「穂乃莉お嬢様。おかえりなさいませ」

 正岡は、ここ最近特に深くなった皺をさらに深く刻むように目じりを下げると、穂乃莉の荷物をトランクに積み込んだ。

 穂乃莉は正岡が開けてくれた扉から後部座席に乗り込み、そのままシートに深く沈み込む。


 ゆっくりと走り出した車の窓から見える景色に目を向けながら、地元に帰って来たのだと、ほっとするようなどこか心寂しいような気持ちになっていた。

「社長は本店にいらっしゃいます。穂乃莉お嬢様が来られるのを、今か今かと待っておいでですよ」

 バックミラーに正岡の穏やかな顔が映る。
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