清くて正しい社内恋愛のすすめ
「おばあさまは、相変わらず忙しいの?」

「はい、それはもう。本店も今はハイシーズンですからね」

 どこの旅館も年末年始はかき入れ時だ。

 正岡の声に穂乃莉は小さく相槌をうった。


 “旅館 久留島本店”は、天然温泉が有名な老舗温泉旅館が立ち並ぶ温泉街の一角に位置している。

 温泉街を見下ろす高台に広大な敷地で建つ本店は、明らかに他の旅館とは一線を画しており、この地域での久留島グループの存在の大きさを物語っていた。


 しばらくして車は緩やかな坂道を上りだす。

 木々に囲まれ別世界へと(いざな)われるかの様なトンネルを抜けた先に、本店は控えていた。

 突然目の前に広がる間口の広い玄関は、両脇にかかる“久留島本店”の文字が書かれた大きな提灯(ちょうちん)と共に訪れた人を迎え入れる。


「お嬢様、おかえりなさいませ」

 穂乃莉の到着を知った従業員が、すぐ入り口の前に並び、そのうちの一人が車の扉を開ける。

「ただいま。みんな変わりなさそうね」

 穂乃莉は懐かしい顔ぶれに笑顔を向けると、ヒールを響かせながら玄関をぬけた。
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