清くて正しい社内恋愛のすすめ
「おぉ怖い、怖い!」

 忠則は後ろ手に片手を上げると、ロビーの方へと立ち去っていく。


 ――気持ち悪い……!


 穂乃莉は、身内に使う言葉ではないと思いながらも、心の中で吐き捨てた。

 忠則のような人物が親族にいると思っただけでも、身の毛がよだつ。


 穂乃莉は目を閉じて大きく息を吐くと、気持ちを切りかえるように執務室の扉を強くノックした。

「どうぞ」

 中から祖母の声が聞こえ、穂乃莉はやっと安心すると部屋へと足を踏み入れた。


 祖母は何やら電話中のようで、難しい顔をしながら話をしている。

 穂乃莉は近くのソファまで行くと、力が抜けたように座り込んだ。

 まだ忠則に噛まれた耳がぞわぞわとしている。


 ――もう今日は、ゆっくり温泉につかろう。


 そんな事を考えながら、窓際で電話中の祖母を見上げた。

 立ち上がって話をする祖母の姿は、窓から差し込む日差しで逆光になるせいもあってか、今までより一回り小さくなったように見える。
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