Dying music 〜音楽を染め上げろ〜






「おかえり。」

「ただいま。お母さん、今日お風呂先入ってもいい?作業があるんだ。」



靴を脱ぎながらそう言う。来月分と再来月分の編集作業が終わっていない。文化祭後は期末考査があるからそれまでにはストック完成させておきたいんだ。



「また籠るの?無理しない程度にするのよ?」

「うん。」



風呂に入って夕飯食べたあと、すぐに部屋でパソコンを起動させた。録音した音源の編集作業。10月から11月にかけて投稿するものだ。投稿予定は毎回スケジューリングしている。具体的にいうと、何時に何を、予告はどうするのかを紙にまとめておく。頭が整理されて、逆算して作業ができるからいつもこうしてる。でも今月分の紙失くしたんだよな。せっかく5曲分くらい書いたのに。間違って捨てちゃったんだろうな。


作業タブを開いてソフトを立ち上げる。そこに録った音源のメモリを読み込ませるピッ。ヘッドフォンを通して自分の歌声を流した。











――「何これ。」





絶句した。


何、このふにゃふにゃでしぼんだ風船みたいな声。

何でこんな下手なの。

原曲しっかり聞いたのか。

Bメロ死んでる。

歌っているだけで歌詞と感情が一致していない。

高音も汚すぎでしょ……。







「………?」



ぱたん。動揺してパソコンを閉じた。


「これ録ったのいつだ……。」



日付を確認すると…8月下旬。丁度スランプに陥った時期だ。



まずい。



ここまで酷いとは思っていなかった。……ということは他のも全部……、


案の定、録音したすべての曲がこんな調子だった。聞いていて気持ちの悪い。Mixする以前の問題だ。このクオリティーはありえない。あれ、俺の歌声ってどんなだったっけ。


それからはしばらくは録音をやめた。


録っても自信が持てなくて、途中放棄してしまう。溜め込んでいる気持ちをいつも通り書き出してみたけれど、作曲する気にもならない。ギターは弾くと今の自分の状況に絶望するだけだ。漠然と不安と焦りが残る。




♩ピロン



通知欄にはコードの文字。



―「今不調なんだって?店行ったとき長澤さんから聞いたよ。」


師匠、話したのか。コードにまで伝わるとか最悪。


ー「ちょっと調子悪いだけですよ。」

そう返すと、

ー「喉痛めた?最近ステージ立ってないんでしょ?」


と返信が来た。ステージにはテスト前から立っていない。店に行ってるけれど裏作業を手伝うだけでお客さんに顔は出していない。


ー「全体的に調整したら出ます。」

ー「無理すんなよ。なんかあったら言ってね。」



無理、ね。


心配してくれるのはありがたいよ。

でもさ、無理しないとやっていけないじゃん。

お客さんやリスナーが待っているんだ。

僕は歌を届けないといけないんだよ。

プレッシャーや期待。

有名になればなるほど、どんどん蓄積してくる。

打ち勝つためには多少無理しないとやっていけない。

同じ活動者であるコードにもわかるだろ……。




明日も部活だ。




コックピット合わせるんだったっけな。

テンポもフレーズもまだ納得いく演奏できていないんだけど大丈夫かな。

恭也とのラストだってまだ半分しか出来ていない。

楽しみだったはずの部活が少し苦痛になりかけている。






「折れるな……頑張らないと……。」






< 118 / 191 >

この作品をシェア

pagetop