Dying music 〜音楽を染め上げろ〜
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すると夏樹は鼻歌を歌い始めた。……これ新曲のか。
あの曲を聞かせてもらったときは目を見開いたよ。
今まで制作してきた曲はどちらかというとアップテンポ。どストレートに打ち込んでくるサウンドとリズム。音も何重にも重ねて厚みや迫力を出している、そういうテイストだ。
だが、今回は180度まるで違う。
まず使っている楽器類に比べてはるかに少なかった。オルゴールのようなゆったりさで機械音が抑えられている。そして歌詞。目の前にいる人に語りかけるような、自分を諭すような曲調。いつもの皮肉さたっぷりの語彙はどこへ行ったのだろう。
一度世間に認められるとリスナーはさらに上の作品を求めてくる。もっと刺激的なもの、もっとワクワクさせるものを要求する。それはクリエイターへの激励でもあり一種のプレッシャーになる。
だが夏樹はあまりネットの意見に左右されない人間だ。CyanはCyanだから自分の歌いたい曲を作って歌う。上手くやっているさ、本当に。
ふと急に、夏樹の歌が聞きたくなった。
「Cyan。」
その呼びかけに背筋がピッとなる夏樹。
「それ歌ってくれよ。俺まだちゃんと聞いていないんだ。」
「い、今ですか?」
急なことに慌てる夏樹。
「おう。」
「緊張するんですけれど、」
「いいじゃねぇか。客もいないし、失敗してもいいからよ。」
「わかりました。」
夏樹は奥からアコギを持ってくるとチューニングを始めた。それからいつもの声出しルーティン。夏樹はこの反復動作をすることによって精神統一をしている。
歌う前に行う、あの動作もそうだ。
あれは「夏樹」という人間から「Cyan」という人間への精神移行。
「じゃあ、いきますね。」
そして夏樹……Cyanは歌いだした。
――♩「何にもないような日々の中に~…」
いい声だ。
夏樹の歌声は耳に残る。少しウエット感があるような中性的な声。高低音の切り替え、エッジを効かせた歌い方。…この声は、幼い頃の夏樹にとってはコンプレックスだった。小中学生のときは合唱のときに目立つのが嫌だとよく言っていたな。しかし今では見事にCyanとしての個性に変換した。
小さい頃は今に比べて声量もなければ技術もなかったからな。最近は違うテイストの曲にもチャレンジしているみたいだし、毎度毎度成長してくる夏樹には驚く。
――「灰色だった僕の心に」
――「色が付きはじめてきたんだ」
――「分からなかったんだ今までは」
そして何よりも歌唱力。バラード曲での深みやラブソングの儚さ。ロックでのがなり。表現力の引き出しの数が多いのも武器だ。感情の乗せ方が格段に上手いんだ。
……いいな
「………楽しいか?」
歌い終わると夏樹にそう聞いた。
「最近ずっとそればっかり聞いてきますよね。」
ふふっと笑う。
「楽しいですよ、お陰様で。」
………今が頃合いかもな。
夏樹にも新しいステップを踏ませる時期だ。
「夏樹、お前に依頼が来ている。」
「ギター代理ですか?」
「いや、Cyanとして外部からだ。」