Dying music 〜音楽を染め上げろ〜
2階のBスタのドアを開けた。
「来てたんだ、ゆずな。」
壁にもたれかかりながら音楽を聴いている少女。この子は角川ゆずな。中学3年生で、彼女も現在不登校。両親が離婚して、母親が夜遅くまで働いているから親子間のコミュニケーションもほとんどないらしい。
半年前、このストリートに出入りするようになってからMidnightに遊びにくるようになった。
「ちゃんと10時までには帰りな。またホストに絡まれるよ。」
「ナツは心配性だなぁ~。あたしホスト興味ないもーん。」
呑気にスマホをいじり続ける。
もう…。このストリートは安全でも、ここ抜けたら普通に繁華街なんだよ。僕はそのままゆずなの隣に座った。
「あれ、アイシャドウ変えた?」
「そう、新作のパレット。お小遣い貯めて買ったんだ~」
「いいね。」
そんな話を毎回する。
…ゆずながここに来るのは大体悩み事があるとき。家関係か、もしくは学校関係か。その時は僕が話を聞いている。
「んで、今日はどうした?」
タイミングを見計らって話しかける。ゆずなはスマホを置くと下を向いた。
「ナツってさ、」
金髪の長い髪が揺れる。
「ガッコ―行き始めたってほんと?」
そういえば、ゆずなにはまたしっかり話していなかったな。
「あー、うん。」
「なんで?あんなに嫌がっていたのに?」
食い気味でそう聞いてくる。僕も元は不登校だ。ゆずなにとって僕は、同じ気持ちを共有できる唯一の理解者なのだろう。
「なんでだろうな。」
「教えてよ~!」
体を激しく揺さぶられる。
「やめろやめろ!脳震盪起こす。」
ゆずなはまだ幼さがあって喜怒哀楽がちゃんとある。でも構ってほしいときは遠慮なく甘えてくる、妹みたいな子。とりあえず、身体から手を離させて、
「やってみたいことが見つかったから。」
そう答える。ゆずなはピタっと止まると
「やってみたいことって何?」
と聞いてきた。
「…バンド。軽音楽部に入ったんだ。」
「え⁉」
案の定驚かれる。
「バンドは絶対組まないって言ってたのに。第一、ナツは群れること嫌いじゃん。」
その通りだ。俺は団体行動とか一致団結みたいな言葉が嫌いだ。グループでスクールカースト気取ってる輩とかマジで無理。
「どうして気が変わったの?」
それは、
「一歩が怖くてずっと逃げてた。でも少しだけ頑張ったら案外楽しい感じだった。学校に……支えてくれた人がいたんだ。」
話しながら頭の中に色葉や涼たちの顔が浮かんだ。
「それってお友達?」
「仲間……かな。」
ゆずなは目をぱちくりさせた。
「へー、まさかナツの口から仲間って言葉が出るとは思わなかった。」
「まだ分かんないけどな。」
分かんないんかいwと突っ込まれる。
「一歩って怖い?」
「怖かった。普通の人からしたらどうってことないことかもしれないけれど、めちゃくちゃ怖かった。ただその一歩のおかげで僕は少し変われた。」
教室に入ること、クラスメイトと話すこと、すべてが高い壁だった。ただ、それを超えた先には新しい自分がいる、そのことに気づけたことは大きかった。
ゆずなは、そっかぁ~と天井を見上げた。
「私も頑張ったら……ナツみたいに変われる?」