Dying music 〜音楽を染め上げろ〜





夏樹が初めて外部のステージに立った。意外にも見合う収穫はあった。



「歌い手」




既存の曲をカバーしたもの、いわゆる「歌ってみた」を動画共有サイトに投稿する活動者。カバーされることが多いのは、ボカロ曲。ボカロはその名の通り、バーチャルシンガーが歌唱している。ボカロ曲を制作するクリエイターをボカロプロデューサーという。


ボカロは人間が歌うことを想定としていないから速い、高低差が激しい、息が続かない。


前にも行ったが、夏樹は感情の乗せ方が上手い。無機質な電子音に命を吹き込むような。歌詞の意味ややメッセージ性を捉えて、音全体をコントロールしている。ギターに関しても夏樹は客やバンドの要求にしっかり応える。



強弱、それぞれのバンドのテクニックレベルにまでも忠実に合わせる。夏樹はここでは一人のギタリストだ。



だが、あいつは今まで自分の殻を破ろうとしなかった。





周りに遠慮しているからなのか、他人の目が怖いのか、理由は分からない。あとちょっとの気持ちで、現状突破をしてもらいたかったんだ。



それがついに。



送られてきた動画を見たときは目を疑った。本当に夏樹なのか、と。


弾き方が違う。いつもはあんな乱暴な弾き方はしない。アドリブを無理やりぶち込んだり、オリジナルの進行も入れることも少なかった。あくまで原曲リスペクト、そういうスタイルだった。ヘッドピーンなんてステージでやってるところ初めて見たぞ。


歌もだ。後半は泣いていたんだろうか。声が嗚咽していた。聞いているこっちが苦しくなるような歌い方だ。今回の夏樹は、本当の自分自身の姿でパフォーマンスしていた。自分を曝け出したんだ。








常に新しいことに興味を持ち、己の可能性を広げ続ける。あいつにとって音楽はすべてなんだ。





夏樹の限界はここじゃない。

ここで止まるようなものじゃない。











「殻を破る、第一関門はクリアだな。あとはー」



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