Dying music 〜音楽を染め上げろ〜
一気に客が騒ぎ出した。
…………頭狂ってんの?
「正気か?」
状況を把握できず、聞き返す。
「もちろん。警報トラップって歌える?」
警報トラップ!?あの曲を…、
「どうして急にー、」
「歌える?歌えない?」
2択で聞かれ、
「歌えるけど、」
そう答える。
「feat:ミクとルカの歌詞振り、覚えてる?」
「一応は、」
「じゃあ君ミクパート。」
こちらのことはお構いなしに話が進み、音源の準備をするシュート。本気でやる気だ。
「急すぎるだろ!」
「少し黙ってね~。あ、お客さんたちもう少しで準備終わるからね~」
ふざけるな。急にコラボとか意味不明。失敗したらどうなるか分かってるのか?ハコ全体シラけるぞ?どうするんだよ!?焦る俺を横にシュートはトークで繋ぎながら、喉をチューニングしている。音源をセットし終えるとマイクを手に取った。
「じゃあ行きますよー」
♪♬♪♪~~~~……
イントロのあとにシュートが担当するルカパートから歌い出しだ。
ー♩「さぁ始まるんだこの日からー」
この声…………!
歌声を聞いた瞬間、頭から足先まで全身に鳥肌がたった。勘が当たっていた。どくどくと心拍数が一気に上がる。
透明感。だけど、脳に響く低音。力強さの裏に色っぽさが隠れている、耳の鼓膜を刺激してくるような歌声。
………………い、今は歌わないと。
♪♬----!♪♪♬♪~~
パートに沿って一緒に歌う。緊張で声が震えないように、マイクを落とさないように。
♬~♪♬♪!!!!
‼‼マジか。打合せなしでアレンジ入れてきた。つられそうになり、顔を顰める。
リスキーすぎるでしょ。でもここで取り乱したらダメだ。ハモリ部分を何とか歌い繋ぐ。
「警報トラップ」は初音ミクと巡音ルカの二人のバーチャルシンガーがボーカルの人気曲。ボカロはほとんどが人間が歌うことを想定していない。「警報トラップ」はまさにボカロの代名詞。サビの部分は息継ぎのタイミングがない。歌い手さんがライブで歌うときもミスることが多い曲。早口で、一気に1オクターブ上がるなんてことが普通。キツくて表現なんて入れる余裕ない。なのにー、
何でこんなに安定しているんだよ…!
隣のシュートを見る。肺活量がバケモノ級だ。こっちが3回息継ぎするところを一息で歌う。にもかかわらず、声量やピッチが変わらない。何で?
♪♬♪!!
やられっぱなしじゃ癪だ。やられたらやり返す。負けじとBメロでこちらから仕掛ける。でもシュートはすぐに合わせた。焦っている様子は微塵も感じられない。こっちは、アンタの正体に気づいて動揺しまくっているってのに。
曲も終盤に差し掛かったときだ。ん?シュートが手で何か合図らしきものをしてきた。
…5、4…。
カウント?
3、2…。
ラスサビ。一番の盛り上がり。………まさか。
1‼
♪ーー♬♪♪!
♪♪♬ーー♪!
やっぱり‼ラスサビでのハモリパートのチェンジ!何か仕掛けてくるとは思った。合図だけで分かると思うなよマジで。最初半音ズレたじゃないか。
そこから最後まで何とか歌い切れた。
ー「やべー!最高―!」
ー「シュートぉぉ!」
今日一の大歓声の中、2人でステージを降りる。
「………ねぇ、アンタってさ…。」
僕は通路で止まって問いかけた。
「あ、気づいたー?そりゃ気づくか~」
ヘラヘラと笑いながら振り向いた。
もう、確信した。
間違いない。
何度も聞いた。
この歌声、癖。こいつはー
「俺はコード。君と同じ、歌い手だよ。」