左遷された王女は青銀の風に守られる ~地属性魔法で悪人退治を楽しんでいたら大変なことになりました~
「お暇でしたら刺繍をなさっては」
 侍女のキアーラ・テスタが気遣うように言った。フェデリーカより一つ年上だ。茶色の髪にくりくりしたとび色の瞳が愛らしい。

「つまんない。うまくできないもん」
「またそのようなお言葉遣いを。それに、上手になるには練習しかありません」
「刺繍を上達したところで、なんかメリットある?」
「世の刺繍好きを敵に回す発言でございますよ」
 キアーラはあきれて言う。

 刺繍は女性のたしなみの一つだった。愛する人に刺繍したハンカチを贈ったりするらしい。
 が、不器用なフェデリーカは刺繍が苦手だった。針で刺すのはいつもハンカチより自分の指のほうが多い。
 なにより、刺繍をして贈りたいと思う相手がいない。

 今まで恋をしたことがなかった。侍女たちが恋だの愛だのできゃあきゃあ言っているのを、なにが楽しいんだろう、と横目で見ていた。こんな自分に好きな人ができる気もしなかった。

「あなたも貧乏くじよね」
「なにがでございますか?」
「侍女についた王女がこんな田舎にとばされて、ついてくることになって」
「あら、いいところでございますよ」
 キアーラはにっこり笑った。

 彼女以外の侍女は、離宮に行くことが決まった時点でクビにした。そのほうがいいだろうと思った。だが、仲のいいキアーラにだけはついてきてほしかった。お願いしたら、彼女は来てくれた。新たな侍女はこちらの地元で雇っていた。自然、キアーラが筆頭侍女になった。
「では、少し早いですけど、準備をいたしましょう」
「なんだっけ」
「今日は伯爵がご挨拶にお見えになる日ですよ」
 そうだった、と思い出す。
 このあたりに領地を持つ伯爵で、国の第三辺境大隊の大隊長として国境警備や街の警備も任されている。
「二十二歳のイケメンらしいですよ。楽しみですね!」
「どうでもいい」
「ええ!? 魔剣の騎士、青き風の騎士と名高い方なんですよ!? 一陣の青とか、青き烈風とか、旋風の青とか、青き煌風(こうふう)の騎士とか、ジャンルーカの青き風とか、二つ名もかっこよくて!」
「二つどころじゃないじゃん」
 フェデリーカはあきれた。とりあえず青いんだな、と思った。
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