人嫌いと聞いていた王太子様が溺愛してくるのですが?~王太子妃には興味がないので私のことはどうぞお構いなく~
◇◇◇
後宮に入って、早くもひと月が過ぎた。
父から聞いていた通り、シリウス王子が後宮に顔を見せることはなく、私は毎日それなりに楽しく過ごしている。
ただ、シャロンが面倒臭い。
食事の際、広間に皆が一堂に会するのだけれど、彼女は何かと突っかかってくるのだ。
話しかけないでくれと言ってきたのはそっちなのに、どういうことなのか。
私は皆と仲良く話すのが好きなのだけれど、どうもシャロンはそれが気に入らないらしく、ネチネチと文句を言ってくる。
今朝もイチャモンをつけられた。
食事が終わり、セシリアたちと談笑しているところにシャロンがやってきて言ったのだ。
「公爵令嬢としての自覚はないのかしら? 私たちは身分が高いのだから、もっとそれらしく振る舞いなさい。今のあなた、他の有象無象に紛れていて、とてもではないけど公爵家の娘には見えないわよ」
またかとうんざりしながらも口を開く。
「……別にいいじゃない。私がどう過ごそうと私の勝手でしょ。私は皆と仲良く話したいの。あなたとは考え方が違う。放っておいてくれないかしら」
「あなたのせいで、同じ公爵令嬢の私の格まで落ちると言っているのよ!!」
睨(ね)めつけられ、怒られる。
彼女は自分が連れてきたメイドの他に、取り巻きの女性たちにも己の世話をさせているようだった。
着替えや、時には入浴の世話まで。
身分の低い者が高い者の世話をするのは当然ということで、命じられた女性たちも喜んで従っているように見える。未来への先行投資だろう。
私としては、本人たちが納得しているのなら第三者が口を挟むべきではないと思っているのでスルーしているが、シャロンは私が同じようにしていないのが気に入らないらしく、毎度難癖をつけてくるのだ。
セシリアたちと友人のように振る舞っている私が公爵令嬢らしくないと、そういう話らしい。
「ここは後宮よ! 屋敷にいた時とは違うのだから、もっと正妃候補らしくなさい!」
「でも、彼女たちも貴族の娘だわ。私は彼女たちを使用人のように扱いたくはないの」
「私たちは正妃候補で彼女たちは愛妾候補。愛妾が正妃の世話をするのは当然だもの。今からやらせて何が悪いのよ」
シャロンの意見に、彼女の周囲にいる女性たちが揃って頷く。
ほらみろとばかりにシャロンが得意げな顔をする。溜息を吐きたい気持ちになりながらも口を開いた。
「そうね。あなたの意見は正しいのかもしれない。でも、それを私に強要しないで。……私には私の考えがあるんだから」
正妃になるつもりがないからとは、言わない。
後宮にいて、さすがにそれを言ってはいけないことは分かっているからだ。
シャロンは憎々しげに私を睨んだあと、ふんと顔を背け、自分の席に戻っていった。
私たちのやり取りを小さくなって聞いていたセシリアが、焦ったように言う。
「スノードロップ様。どうかお気になさらないで下さい。私たちはスノードロップ様と仲良くさせていただいて、本当に嬉しく、有り難く思っているのですから」
他の女性たちもセシリアに賛同する。
だけどその言葉が私への機嫌取りから来ていることを察してしまい、何だか自己嫌悪に襲われた。
――結局、私もシャロンと同じってことなのかな。
方法は違えども、彼女たちは私に合わせてくれているのだ。そうさせているのは『正妃候補』という立場。シャロンと何も変わらない。いや、自覚してやっている分、シャロンの方がマシなのかもしれない。
そう気づけば自己嫌悪は酷くなる一方で、でも、セシリアたちに自分の世話をさせよう、侍らせようなどとはとてもではないが思えないから、自然と私のストレスは溜まっていった。
そもそも私は、ひとりで過ごすのが好きなタイプなのだ。
皆と仲良くするのも嫌いではないけれど、ひとりの時間をたっぷりとって、ゆったりと過ごしたい。
それが後宮へ来てからというもの、取り巻きに囲まれる生活が続いていて、息が詰まりそうな心地になっていた。
自室で過ごせば邪魔は入らないが、引き籠もっているのも辛い。
これではいけない。このままでは一年経たないうちに病んでしまう。
そう気づいた私は、少し考え、女官長を呼び出した。
女官長。
女官を束ねる長で、この後宮も彼女が取り仕切っていて、初日の夕食時に挨拶を受けている。
名前はアリア。髪色が灰色の、優しい印象の女性だ。
セシリアが言ったとおり五十代くらいで、母というより祖母を彷彿とさせる。
そんな彼女に私は聞いた。
「ねえ。私、王城の図書室を利用したいのだけれど、正妃候補って全く外に出てはいけないのかしら」
私の趣味のひとつに読書があるのだ。
一年間、きっと退屈だろうからと屋敷からは多量に本を持ち込んでいたが新しいものは少なく、既読のものが多い。
だから王城の図書室を利用させてもらえればと思ったのだ。
新しい本が読めれば嬉しいし、後宮から出ることで多少のストレス発散にもなる。
後宮のルールに『外に出ては行けない』とはないけれど、このひと月の間、外に出て行っている女性はいなかった。だから確認したのだ。
駄目元で聞いてみよう、と。
聞くだけならタダだから。
内心、ドキドキしながら女官長に聞くと、彼女は笑顔で頷いた。
祖母を思い出す、優しい表情はとても落ち着く。
「いえ、王城内なら出ていただいて大丈夫ですよ」
「そうなの!?」
「はい。さすがに王城の敷地から出ることは許されませんが、図書室くらいなら自由に行っていただいて構いません」
「ありがとう。じゃあ、庭を散策するとかも大丈夫?」
「もちろんです」
聞いてみてよかった。
後宮にも小さな庭はあって毎日散歩していたが、王城にはいくつも広い庭があるのだ。
前庭や中庭。裏庭なんかもあって、それぞれ趣が異なっていて面白いと、昔父から聞いたことがある。
どうせ散歩するならそちらの方が楽しそうだと考えていたので、許可を貰えたのは嬉しかった。
「ミラ、ミラ! お城の図書室へ行くわ。準備をして!」
女官長を帰し、ミラを呼ぶ。
自室で控えていた彼女は、すぐにやってくると私に言った。
「あら、お嬢様のわがままが通りましたか」
「わがままじゃないわ。だって特に禁止されていないって言っていたもの。ああ、でもよかった。一年もの間、後宮から全く出られないとか、考えていた以上にキツそうだったから、外に出られるのは助かったわ」
「嬉しいのは分かりましたが、羽目は外さないで下さいね。お嬢様が変なことをすれば、旦那様の名前に傷がつくのですから」
「わ、分かってるわ。ちゃんとする」
浮かれていた気持ちを鎮める。確かにミラの言う通りだ。
それでも外に出られるのは嬉しくて、ウキウキする。
準備を整え、部屋を出た。だが、大階段を下りたところで、運悪くシャロンと鉢合わせてしまった。値踏みするような目で見てくる。
「あら? お出掛け?」
「ええ。ちょっと城の図書室に」
「そう。正妃候補ともあろうものが、フラフラと出掛け回るのはどうかと思うけど」
「……アリアは構わないと言ったわ。禁止されているわけではないのだから、構わないでしょう?」
「……確かにそうね」
静かに両腕を胸の前で組む。非常に不満そうだ。
何だろう。私がすること全てが気に入らないのではないかと最近では思い始めてきた。
いい加減面倒になり、シャロンとの会話を切り上げる。
「もういいわね? 私は行くから」
「…………」
何も言わないのに駄目だと言われた気がした。目は口ほどにものを言うとは、まさにこのこと。私は溜息を吐き、シャロンに聞いた。
「あなたも出たいのなら出れば?」
もしかして羨ましいのかと思ったのだが、即座に否定が返ってきた。
「私、そんなこと一言も言っていないわ」
「そう。じゃあ、私のことは放っておいて。ミラ、見送りはここまででいいわ。あなたは自室で待機していて」
後宮用に連れてきたメイドを王城内でも連れ回すわけにはいかないだろう。ミラも分かっているので、頭を下げた。
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
「図書室で本を借りたら、帰ってくるわ」
「はい。お帰りをお待ちしております」
ミラと会話を済ませ、扉の前にいた兵士に声を掛ける。図書室へ行きたいと言うと、驚かれはしたが、すぐに扉を開けてくれた。
後宮から出てもいいというのは本当らしい。
まだ不服そうにこちらを見ていたシャロンを無視し、外に出る。
「あー……久しぶりの自由な感じ」
王城の敷地内ではあるが、後宮から出られただけでもだいぶ開放的な気持ちになれた。
「これからは毎日散歩にでも出ようかしら」
それも悪くないかもしれない。
本館は見えているので、特に迷うこともない。歩いていた女官を捕まえ、図書室の場所を聞けば、彼女は親切にも図書室まで案内してくれた。お礼を言って、図書室内へ足を踏み入れる。
図書室は本館の一階にあったが、三層吹き抜けになっており、かなりの大きさだった。
厳粛な雰囲気に圧倒される。
「すごいわ……」
どちらを向いても本、本、本、だ。
縦にも横にも、更に言うのなら奥にも広く、これだけ広ければ、読書には困らないだろうと思えた。古書特有の香りが好ましい。
「スノウ?」
これは格好の暇つぶしを見つけたぞと思っていると、本を抱えた見知った顔が図書室の奥から歩いてきた。
長めに整えた紺色の髪。琥珀色の目の下には黒子があり、それが何とも言えない色香を醸し出している。
顔立ちは整っており、実際、社交界ではかなりの人気を誇っていると知っていた。
彼の名前はリゲル・レーマン。
レーマン侯爵家の息子で、実は私の幼馴染みでもあった。
「何だ、リゲルじゃない。こんなところでどうしたのよ」
幼馴染みの気安さで返事をする。リゲルは眉を寄せ、不快そうに言った。
「それはこちらの台詞だが。何故、お前がここにいる、スノウ」
カツカツと靴音を立てて、リゲルがこちらにやってくる。
目の前まで来た彼に、肩を竦めて答えた。
「何故って、私、ひと月前に後宮に上がったの。知らなかった?」
「な……お前が後宮に!? 殿下のか?」
ギョッとした顔をされた。どうやら彼は私が後宮入りしたことを聞かされていなかったようだ。
それは驚くのも無理はないかと思いつつ、口を開く。
「そう。シリウス殿下の後宮。ま、通いはないから気楽なんだけどね。え、本当に知らなかったの?」
「……俺はお前とは違って忙しいんだ」
「へえ。私とは違って……ね」
棘のある言葉に、溜息を吐く。
とはいえ、彼が忙しいのは本当だ。
何せ、彼はシリウス王子の側近なのだから。今、本を持っているのも仕事の資料とか、そんな感じなのだろう。
「はいはい。暇で悪かったわね」
リゲルの言葉に適当に返事をする。
今更なのでそこまで気にはしないが、リゲルはとても意地悪な性格をしているのだ。しかもミラみたいに、本当はそんなこと思っていない、とかではない。
本気の意地悪男。
小さい頃はそこまででもなかったのだけれど、成長するにつれ、リゲルは意地悪に拍車が掛かっていった。お陰で幼馴染みとは言っても、あまり好意的には思えない。
また嫌な言い方をしやがって、チクショウ、という感じである。
リゲルに目を向けると、彼は鬱陶しげに前髪をかき上げた。
これは彼の昔からの癖なのだ。
少し長めの髪は邪魔で、そこからできた癖なのだけれど、私からして見れば、邪魔ならさっさと切ればいいのに、である。
彼は頑なに切ろうとしないのだけれど。
カットしても、いつも長さを維持していたし、髪をかき上げる仕草が格好いいと社交界で評判なのは知っている。
私には、苛つくだけの仕草にしか見えないが、リゲルに熱を上げている女性には素敵に見えるのだろう。
ぜひとも彼女たちには蓼食う虫も好き好きという諺を送りたい。
「……スノウ」
「ん? 何?」
黙っていると、リゲルが話しかけてきた。彼はウロウロと視線を宙に彷徨わせたあと、何故か咳払いをし始める。わざとであることは、その態度から明白だ。
「? 何してるのよ」
「い、いやな。お前がシリウス殿下の後宮に入ったという話だが」
「話も何も、特に何かがあるわけではないわよ。さっきも言った通り、殿下は後宮にはいらっしゃらないから。それはリゲルの方が詳しいんじゃない? だってリゲルって、シリウス殿下の側近でしょう?」
「……殿下は真面目な方だ。仕事中に後宮の話をなさるような真似はしない」
パチパチと目を瞬かせた。
「そうなの」
「ああ」
リゲルが頷く。そんな彼に謝辞を告げた。
「それは悪かったわね。勝手に色々聞いているものだと思い込んでいたわ」
決めつけはよくなかった。というか、王子は真面目な人なのか。
王子とは会ったことがないので、実物を知っているリゲルから話を聞くと、本人の解像度が上がるなと思った。
感心していると、リゲルが苛ついたように言った。
「そんなことより、どうなんだ。妃候補としての生活は」
「え、リゲル。私の後宮生活に興味あるの? どうしたの、熱でもある?」
「うるさいな」
額に手を当ててやろうとしたが、素早い動きで避けられた。
ムッとしつつも口を開く。
「だってリゲルって私に興味なんてないじゃない。それがいきなり『妃候補としての生活はどうか』なんて熱があると思ってもおかしくないでしょ」
「べ、別に俺はお前に興味がないわけではない!」
「そうなの? へえ、初耳」
焦った顔で言われ、本気で驚いた。
何せ、顔を合わせば嫌なことを言われるのだ。むしろ嫌われているのではと思っていたくらいだ。
「ふうん。ま、興味があるっていうんなら答えるけど。殿下の通いもないから、わりと自由にさせてもらってる。一年経ったら後宮から出られるみたいだし、その時待ちって感じかな」
「ああ、一年制か」
「そう。お父様も最初から一年経ったら帰ってこいっておっしゃってたし、私を王家に……って考えはないみたい」
父の言葉を思い出しながら告げると、リゲルが妙に意地悪な顔をして言った。
「お前みたいな変人女を王家には差し出せないって話ではないのか?」
「ちょっと! 嫌な言い方はやめてっていつも言っているでしょ」
変人女、は昔からリゲルが私に言っている言葉のひとつだ。
前世を思い出したせいで、考えや行動がずれることの多い私に、幼馴染みである彼が最初に言い出したのだ。
変わっているのは事実でも、変人女なんて言い方はやめて欲しい。ずっとそう言っているのだけれど、リゲルは全然やめてくれなくて、現在に至っている。
「人の嫌がることをするとか、最低だから」
何度口を酸っぱくして言っただろう。そう思いながら告げると、とんでもない答えが返ってきた。
「……お前以外にはしない」
「……は?」
思わず「おい」とツッコミを入れそうになってしまった。
頭痛がすると思いながらも指摘する。
「あのね、それ、私にとっては最悪な話でしかないんだけど。いくら幼馴染みだからって、いつまでも目溢ししてもらえると思わないで。いい加減本気で怒るからね」
「お前が怒ったところで何がどうなるわけでもない。お前、そんな調子では、殿下の後宮から出た後も嫁の貰い手など見つからないぞ」
「ほんっと、余計なお世話」
リゲルだけには言われたくない。
意地悪なことを言うのは私だけらしいが、何処まで本当かは分からないし、実際、こんな厭味男と結婚してくれる女はいないと思う。
苛々していると、何故かリゲルは顔を赤くして言った。
「ま、まあ? 誰も貰い手がいないようなら、幼馴染みのよしみで俺が貰ってやってもいいが」
「リゲルなんて、絶対にお断りだから」
即答した。
幼馴染みくらいの関係性なら、リゲルのアレコレもギリギリ目を潰れるが、伴侶となれば話は別。
こんな男と二十四時間一緒には暮らせない。
「どうして私がリゲルに貰ってもらわなければならないのよ。それくらいなら独身を貫くわ。……あ、もしかして、リゲルって私のこと本当は好きだったりする?」
少々意地悪な気持ちで告げる。
もちろん本気で思っているわけではない。だって、もし私のことが好きなら、そもそも意地悪を言ったりはしないだろう。
意地悪や厭味を言ってくる男には、いくら美形でも女は惚れない。
これは、全世界共通の真理なのだ。
挑戦的にリゲルを見る。彼は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「誰が! お前のことなんて好きなはずないだろう!」
「うるさい。ここ、図書室よ。もう少し声量を抑えてくれる?」
「…………」
顔を赤くしたままリゲルが黙り込む。
私のことが好きなのかと聞かれたことがよほど腹立たしかったのだろう。それなら嫁に貰ってやるなんて言わなければよかったのに。
「はいはい。リゲルが私のことを好きでないのは知ってるから。ま、私の方はそんな感じ。一年間、気楽にやらせてもらおうって思ってるわ。意外と一年なんてあっという間かもしれないわね」
「……そうか」
リゲルが「一年……」と小さく呟く。
それがどういう意味かは分からなかったが、先ほどリゲルが大声をあげたことで、近くに居た司書らしき文官に睨まれたことは気づいていたので、質問をするのは止めておいた。
これ以上、話が長くなるのも面倒だし。
「じゃ、私は行くから。リゲルもお仕事中でしょ。頑張ってね」
「あ、ああ」
軽く挨拶をし、リゲルと別れる。私の今日の目的は本なのだ。幼馴染みと遠慮のないやり取りをすることではない。
図書館の中を歩き、目的の本を探す。
ジャンルごとに分類されていたため、目当ての本はすぐに見つけることができた。
ジャンルは『天体』。
私は星や神話についての本を読むのが好きなのだ。屋敷にもたくさん蔵書はあるが、さすが王城の図書室。私が知らないタイトルの本がたくさんあった。
いくつか本を抜き取り、入り口にいる司書に見せる。
借りていいかと尋ねると、すぐに手続きをしてくれた。
「後宮の方なら、本は一度に五冊まで貸し出せます。ただ、忘れず二週間以内に返却して下さいね」
「後宮のって……もしかして、それぞれ貸せる冊数が変わるの?」
疑問に思ったので聞いてみると、意外な答えが返ってきた。
「いえ、普通はここの本は貸し出しできないんですよ。ですが、後宮に住まわれている方は特例で。ほら、なかなか外に出られないでしょう? 気分転換できるようにとの配慮だそうですよ」
「へえ……」
「ですから、借りてもらって大丈夫です。ただ、期限は必ず守って下さいね」
「分かったわ。ありがとう」
返事をし、本を受け取る。
幼馴染みと話していたせいで、大分時間が取られてしまった。
本当は散歩もしたかったけど、今日は止めておいた方がいいかもしれない。そう思った私は素直に後宮へ戻ることを決めた。
「ま、図書室が利用できるって分かっただけでもかなりの収穫よね」
ウキウキしながら後宮へ戻る。
この日以降、私はほぼ毎日のように散歩や図書室へ出掛けるようになった。
後宮に入って、早くもひと月が過ぎた。
父から聞いていた通り、シリウス王子が後宮に顔を見せることはなく、私は毎日それなりに楽しく過ごしている。
ただ、シャロンが面倒臭い。
食事の際、広間に皆が一堂に会するのだけれど、彼女は何かと突っかかってくるのだ。
話しかけないでくれと言ってきたのはそっちなのに、どういうことなのか。
私は皆と仲良く話すのが好きなのだけれど、どうもシャロンはそれが気に入らないらしく、ネチネチと文句を言ってくる。
今朝もイチャモンをつけられた。
食事が終わり、セシリアたちと談笑しているところにシャロンがやってきて言ったのだ。
「公爵令嬢としての自覚はないのかしら? 私たちは身分が高いのだから、もっとそれらしく振る舞いなさい。今のあなた、他の有象無象に紛れていて、とてもではないけど公爵家の娘には見えないわよ」
またかとうんざりしながらも口を開く。
「……別にいいじゃない。私がどう過ごそうと私の勝手でしょ。私は皆と仲良く話したいの。あなたとは考え方が違う。放っておいてくれないかしら」
「あなたのせいで、同じ公爵令嬢の私の格まで落ちると言っているのよ!!」
睨(ね)めつけられ、怒られる。
彼女は自分が連れてきたメイドの他に、取り巻きの女性たちにも己の世話をさせているようだった。
着替えや、時には入浴の世話まで。
身分の低い者が高い者の世話をするのは当然ということで、命じられた女性たちも喜んで従っているように見える。未来への先行投資だろう。
私としては、本人たちが納得しているのなら第三者が口を挟むべきではないと思っているのでスルーしているが、シャロンは私が同じようにしていないのが気に入らないらしく、毎度難癖をつけてくるのだ。
セシリアたちと友人のように振る舞っている私が公爵令嬢らしくないと、そういう話らしい。
「ここは後宮よ! 屋敷にいた時とは違うのだから、もっと正妃候補らしくなさい!」
「でも、彼女たちも貴族の娘だわ。私は彼女たちを使用人のように扱いたくはないの」
「私たちは正妃候補で彼女たちは愛妾候補。愛妾が正妃の世話をするのは当然だもの。今からやらせて何が悪いのよ」
シャロンの意見に、彼女の周囲にいる女性たちが揃って頷く。
ほらみろとばかりにシャロンが得意げな顔をする。溜息を吐きたい気持ちになりながらも口を開いた。
「そうね。あなたの意見は正しいのかもしれない。でも、それを私に強要しないで。……私には私の考えがあるんだから」
正妃になるつもりがないからとは、言わない。
後宮にいて、さすがにそれを言ってはいけないことは分かっているからだ。
シャロンは憎々しげに私を睨んだあと、ふんと顔を背け、自分の席に戻っていった。
私たちのやり取りを小さくなって聞いていたセシリアが、焦ったように言う。
「スノードロップ様。どうかお気になさらないで下さい。私たちはスノードロップ様と仲良くさせていただいて、本当に嬉しく、有り難く思っているのですから」
他の女性たちもセシリアに賛同する。
だけどその言葉が私への機嫌取りから来ていることを察してしまい、何だか自己嫌悪に襲われた。
――結局、私もシャロンと同じってことなのかな。
方法は違えども、彼女たちは私に合わせてくれているのだ。そうさせているのは『正妃候補』という立場。シャロンと何も変わらない。いや、自覚してやっている分、シャロンの方がマシなのかもしれない。
そう気づけば自己嫌悪は酷くなる一方で、でも、セシリアたちに自分の世話をさせよう、侍らせようなどとはとてもではないが思えないから、自然と私のストレスは溜まっていった。
そもそも私は、ひとりで過ごすのが好きなタイプなのだ。
皆と仲良くするのも嫌いではないけれど、ひとりの時間をたっぷりとって、ゆったりと過ごしたい。
それが後宮へ来てからというもの、取り巻きに囲まれる生活が続いていて、息が詰まりそうな心地になっていた。
自室で過ごせば邪魔は入らないが、引き籠もっているのも辛い。
これではいけない。このままでは一年経たないうちに病んでしまう。
そう気づいた私は、少し考え、女官長を呼び出した。
女官長。
女官を束ねる長で、この後宮も彼女が取り仕切っていて、初日の夕食時に挨拶を受けている。
名前はアリア。髪色が灰色の、優しい印象の女性だ。
セシリアが言ったとおり五十代くらいで、母というより祖母を彷彿とさせる。
そんな彼女に私は聞いた。
「ねえ。私、王城の図書室を利用したいのだけれど、正妃候補って全く外に出てはいけないのかしら」
私の趣味のひとつに読書があるのだ。
一年間、きっと退屈だろうからと屋敷からは多量に本を持ち込んでいたが新しいものは少なく、既読のものが多い。
だから王城の図書室を利用させてもらえればと思ったのだ。
新しい本が読めれば嬉しいし、後宮から出ることで多少のストレス発散にもなる。
後宮のルールに『外に出ては行けない』とはないけれど、このひと月の間、外に出て行っている女性はいなかった。だから確認したのだ。
駄目元で聞いてみよう、と。
聞くだけならタダだから。
内心、ドキドキしながら女官長に聞くと、彼女は笑顔で頷いた。
祖母を思い出す、優しい表情はとても落ち着く。
「いえ、王城内なら出ていただいて大丈夫ですよ」
「そうなの!?」
「はい。さすがに王城の敷地から出ることは許されませんが、図書室くらいなら自由に行っていただいて構いません」
「ありがとう。じゃあ、庭を散策するとかも大丈夫?」
「もちろんです」
聞いてみてよかった。
後宮にも小さな庭はあって毎日散歩していたが、王城にはいくつも広い庭があるのだ。
前庭や中庭。裏庭なんかもあって、それぞれ趣が異なっていて面白いと、昔父から聞いたことがある。
どうせ散歩するならそちらの方が楽しそうだと考えていたので、許可を貰えたのは嬉しかった。
「ミラ、ミラ! お城の図書室へ行くわ。準備をして!」
女官長を帰し、ミラを呼ぶ。
自室で控えていた彼女は、すぐにやってくると私に言った。
「あら、お嬢様のわがままが通りましたか」
「わがままじゃないわ。だって特に禁止されていないって言っていたもの。ああ、でもよかった。一年もの間、後宮から全く出られないとか、考えていた以上にキツそうだったから、外に出られるのは助かったわ」
「嬉しいのは分かりましたが、羽目は外さないで下さいね。お嬢様が変なことをすれば、旦那様の名前に傷がつくのですから」
「わ、分かってるわ。ちゃんとする」
浮かれていた気持ちを鎮める。確かにミラの言う通りだ。
それでも外に出られるのは嬉しくて、ウキウキする。
準備を整え、部屋を出た。だが、大階段を下りたところで、運悪くシャロンと鉢合わせてしまった。値踏みするような目で見てくる。
「あら? お出掛け?」
「ええ。ちょっと城の図書室に」
「そう。正妃候補ともあろうものが、フラフラと出掛け回るのはどうかと思うけど」
「……アリアは構わないと言ったわ。禁止されているわけではないのだから、構わないでしょう?」
「……確かにそうね」
静かに両腕を胸の前で組む。非常に不満そうだ。
何だろう。私がすること全てが気に入らないのではないかと最近では思い始めてきた。
いい加減面倒になり、シャロンとの会話を切り上げる。
「もういいわね? 私は行くから」
「…………」
何も言わないのに駄目だと言われた気がした。目は口ほどにものを言うとは、まさにこのこと。私は溜息を吐き、シャロンに聞いた。
「あなたも出たいのなら出れば?」
もしかして羨ましいのかと思ったのだが、即座に否定が返ってきた。
「私、そんなこと一言も言っていないわ」
「そう。じゃあ、私のことは放っておいて。ミラ、見送りはここまででいいわ。あなたは自室で待機していて」
後宮用に連れてきたメイドを王城内でも連れ回すわけにはいかないだろう。ミラも分かっているので、頭を下げた。
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
「図書室で本を借りたら、帰ってくるわ」
「はい。お帰りをお待ちしております」
ミラと会話を済ませ、扉の前にいた兵士に声を掛ける。図書室へ行きたいと言うと、驚かれはしたが、すぐに扉を開けてくれた。
後宮から出てもいいというのは本当らしい。
まだ不服そうにこちらを見ていたシャロンを無視し、外に出る。
「あー……久しぶりの自由な感じ」
王城の敷地内ではあるが、後宮から出られただけでもだいぶ開放的な気持ちになれた。
「これからは毎日散歩にでも出ようかしら」
それも悪くないかもしれない。
本館は見えているので、特に迷うこともない。歩いていた女官を捕まえ、図書室の場所を聞けば、彼女は親切にも図書室まで案内してくれた。お礼を言って、図書室内へ足を踏み入れる。
図書室は本館の一階にあったが、三層吹き抜けになっており、かなりの大きさだった。
厳粛な雰囲気に圧倒される。
「すごいわ……」
どちらを向いても本、本、本、だ。
縦にも横にも、更に言うのなら奥にも広く、これだけ広ければ、読書には困らないだろうと思えた。古書特有の香りが好ましい。
「スノウ?」
これは格好の暇つぶしを見つけたぞと思っていると、本を抱えた見知った顔が図書室の奥から歩いてきた。
長めに整えた紺色の髪。琥珀色の目の下には黒子があり、それが何とも言えない色香を醸し出している。
顔立ちは整っており、実際、社交界ではかなりの人気を誇っていると知っていた。
彼の名前はリゲル・レーマン。
レーマン侯爵家の息子で、実は私の幼馴染みでもあった。
「何だ、リゲルじゃない。こんなところでどうしたのよ」
幼馴染みの気安さで返事をする。リゲルは眉を寄せ、不快そうに言った。
「それはこちらの台詞だが。何故、お前がここにいる、スノウ」
カツカツと靴音を立てて、リゲルがこちらにやってくる。
目の前まで来た彼に、肩を竦めて答えた。
「何故って、私、ひと月前に後宮に上がったの。知らなかった?」
「な……お前が後宮に!? 殿下のか?」
ギョッとした顔をされた。どうやら彼は私が後宮入りしたことを聞かされていなかったようだ。
それは驚くのも無理はないかと思いつつ、口を開く。
「そう。シリウス殿下の後宮。ま、通いはないから気楽なんだけどね。え、本当に知らなかったの?」
「……俺はお前とは違って忙しいんだ」
「へえ。私とは違って……ね」
棘のある言葉に、溜息を吐く。
とはいえ、彼が忙しいのは本当だ。
何せ、彼はシリウス王子の側近なのだから。今、本を持っているのも仕事の資料とか、そんな感じなのだろう。
「はいはい。暇で悪かったわね」
リゲルの言葉に適当に返事をする。
今更なのでそこまで気にはしないが、リゲルはとても意地悪な性格をしているのだ。しかもミラみたいに、本当はそんなこと思っていない、とかではない。
本気の意地悪男。
小さい頃はそこまででもなかったのだけれど、成長するにつれ、リゲルは意地悪に拍車が掛かっていった。お陰で幼馴染みとは言っても、あまり好意的には思えない。
また嫌な言い方をしやがって、チクショウ、という感じである。
リゲルに目を向けると、彼は鬱陶しげに前髪をかき上げた。
これは彼の昔からの癖なのだ。
少し長めの髪は邪魔で、そこからできた癖なのだけれど、私からして見れば、邪魔ならさっさと切ればいいのに、である。
彼は頑なに切ろうとしないのだけれど。
カットしても、いつも長さを維持していたし、髪をかき上げる仕草が格好いいと社交界で評判なのは知っている。
私には、苛つくだけの仕草にしか見えないが、リゲルに熱を上げている女性には素敵に見えるのだろう。
ぜひとも彼女たちには蓼食う虫も好き好きという諺を送りたい。
「……スノウ」
「ん? 何?」
黙っていると、リゲルが話しかけてきた。彼はウロウロと視線を宙に彷徨わせたあと、何故か咳払いをし始める。わざとであることは、その態度から明白だ。
「? 何してるのよ」
「い、いやな。お前がシリウス殿下の後宮に入ったという話だが」
「話も何も、特に何かがあるわけではないわよ。さっきも言った通り、殿下は後宮にはいらっしゃらないから。それはリゲルの方が詳しいんじゃない? だってリゲルって、シリウス殿下の側近でしょう?」
「……殿下は真面目な方だ。仕事中に後宮の話をなさるような真似はしない」
パチパチと目を瞬かせた。
「そうなの」
「ああ」
リゲルが頷く。そんな彼に謝辞を告げた。
「それは悪かったわね。勝手に色々聞いているものだと思い込んでいたわ」
決めつけはよくなかった。というか、王子は真面目な人なのか。
王子とは会ったことがないので、実物を知っているリゲルから話を聞くと、本人の解像度が上がるなと思った。
感心していると、リゲルが苛ついたように言った。
「そんなことより、どうなんだ。妃候補としての生活は」
「え、リゲル。私の後宮生活に興味あるの? どうしたの、熱でもある?」
「うるさいな」
額に手を当ててやろうとしたが、素早い動きで避けられた。
ムッとしつつも口を開く。
「だってリゲルって私に興味なんてないじゃない。それがいきなり『妃候補としての生活はどうか』なんて熱があると思ってもおかしくないでしょ」
「べ、別に俺はお前に興味がないわけではない!」
「そうなの? へえ、初耳」
焦った顔で言われ、本気で驚いた。
何せ、顔を合わせば嫌なことを言われるのだ。むしろ嫌われているのではと思っていたくらいだ。
「ふうん。ま、興味があるっていうんなら答えるけど。殿下の通いもないから、わりと自由にさせてもらってる。一年経ったら後宮から出られるみたいだし、その時待ちって感じかな」
「ああ、一年制か」
「そう。お父様も最初から一年経ったら帰ってこいっておっしゃってたし、私を王家に……って考えはないみたい」
父の言葉を思い出しながら告げると、リゲルが妙に意地悪な顔をして言った。
「お前みたいな変人女を王家には差し出せないって話ではないのか?」
「ちょっと! 嫌な言い方はやめてっていつも言っているでしょ」
変人女、は昔からリゲルが私に言っている言葉のひとつだ。
前世を思い出したせいで、考えや行動がずれることの多い私に、幼馴染みである彼が最初に言い出したのだ。
変わっているのは事実でも、変人女なんて言い方はやめて欲しい。ずっとそう言っているのだけれど、リゲルは全然やめてくれなくて、現在に至っている。
「人の嫌がることをするとか、最低だから」
何度口を酸っぱくして言っただろう。そう思いながら告げると、とんでもない答えが返ってきた。
「……お前以外にはしない」
「……は?」
思わず「おい」とツッコミを入れそうになってしまった。
頭痛がすると思いながらも指摘する。
「あのね、それ、私にとっては最悪な話でしかないんだけど。いくら幼馴染みだからって、いつまでも目溢ししてもらえると思わないで。いい加減本気で怒るからね」
「お前が怒ったところで何がどうなるわけでもない。お前、そんな調子では、殿下の後宮から出た後も嫁の貰い手など見つからないぞ」
「ほんっと、余計なお世話」
リゲルだけには言われたくない。
意地悪なことを言うのは私だけらしいが、何処まで本当かは分からないし、実際、こんな厭味男と結婚してくれる女はいないと思う。
苛々していると、何故かリゲルは顔を赤くして言った。
「ま、まあ? 誰も貰い手がいないようなら、幼馴染みのよしみで俺が貰ってやってもいいが」
「リゲルなんて、絶対にお断りだから」
即答した。
幼馴染みくらいの関係性なら、リゲルのアレコレもギリギリ目を潰れるが、伴侶となれば話は別。
こんな男と二十四時間一緒には暮らせない。
「どうして私がリゲルに貰ってもらわなければならないのよ。それくらいなら独身を貫くわ。……あ、もしかして、リゲルって私のこと本当は好きだったりする?」
少々意地悪な気持ちで告げる。
もちろん本気で思っているわけではない。だって、もし私のことが好きなら、そもそも意地悪を言ったりはしないだろう。
意地悪や厭味を言ってくる男には、いくら美形でも女は惚れない。
これは、全世界共通の真理なのだ。
挑戦的にリゲルを見る。彼は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「誰が! お前のことなんて好きなはずないだろう!」
「うるさい。ここ、図書室よ。もう少し声量を抑えてくれる?」
「…………」
顔を赤くしたままリゲルが黙り込む。
私のことが好きなのかと聞かれたことがよほど腹立たしかったのだろう。それなら嫁に貰ってやるなんて言わなければよかったのに。
「はいはい。リゲルが私のことを好きでないのは知ってるから。ま、私の方はそんな感じ。一年間、気楽にやらせてもらおうって思ってるわ。意外と一年なんてあっという間かもしれないわね」
「……そうか」
リゲルが「一年……」と小さく呟く。
それがどういう意味かは分からなかったが、先ほどリゲルが大声をあげたことで、近くに居た司書らしき文官に睨まれたことは気づいていたので、質問をするのは止めておいた。
これ以上、話が長くなるのも面倒だし。
「じゃ、私は行くから。リゲルもお仕事中でしょ。頑張ってね」
「あ、ああ」
軽く挨拶をし、リゲルと別れる。私の今日の目的は本なのだ。幼馴染みと遠慮のないやり取りをすることではない。
図書館の中を歩き、目的の本を探す。
ジャンルごとに分類されていたため、目当ての本はすぐに見つけることができた。
ジャンルは『天体』。
私は星や神話についての本を読むのが好きなのだ。屋敷にもたくさん蔵書はあるが、さすが王城の図書室。私が知らないタイトルの本がたくさんあった。
いくつか本を抜き取り、入り口にいる司書に見せる。
借りていいかと尋ねると、すぐに手続きをしてくれた。
「後宮の方なら、本は一度に五冊まで貸し出せます。ただ、忘れず二週間以内に返却して下さいね」
「後宮のって……もしかして、それぞれ貸せる冊数が変わるの?」
疑問に思ったので聞いてみると、意外な答えが返ってきた。
「いえ、普通はここの本は貸し出しできないんですよ。ですが、後宮に住まわれている方は特例で。ほら、なかなか外に出られないでしょう? 気分転換できるようにとの配慮だそうですよ」
「へえ……」
「ですから、借りてもらって大丈夫です。ただ、期限は必ず守って下さいね」
「分かったわ。ありがとう」
返事をし、本を受け取る。
幼馴染みと話していたせいで、大分時間が取られてしまった。
本当は散歩もしたかったけど、今日は止めておいた方がいいかもしれない。そう思った私は素直に後宮へ戻ることを決めた。
「ま、図書室が利用できるって分かっただけでもかなりの収穫よね」
ウキウキしながら後宮へ戻る。
この日以降、私はほぼ毎日のように散歩や図書室へ出掛けるようになった。